『大鏡』

大鏡保坂 弘司 講談社 1981-01by G-Tools 現代語訳をした保坂弘司の序文でいきなり笑いました。 『大鏡』は藤原氏、特に道長の栄華を物語っていて、権力闘争に明け暮れる貴族たちの横顔がうかがえます。で、王朝の最高の男性文学と持ち上げ、こんな風におっしゃる。 現代の政界・財界・学界を問わず、生きて戦う男性の、その生きざまを示唆するバイブルである 平安版プレジデントかよ、と。 内容も変に力んでいたらどうしようと思ったけれど大丈夫でした。人名や官職名なども段ごとに「史実」として解説がついていて、大変読みやすいです。 道長の栄華の由来は皇室とのかかわりなので、文徳天皇から後一条院までと、歴代の大臣の話が列伝風に登場します。あの帝の話にこの人が、この大臣の話にあの人が、といったぐあいに、同じ人物を多面的に捉えているのは面白いです。 なかでも花山院は、子供じみた奇矯な振る舞いのせいで風変わりな人と評価されています。でも絵や建築には独自のセンスを発揮しています。例えば走っている車の絵は、車輪に薄墨で動きの効果が加えられていて、本当に走っているように見えたらしいです。ちょっとヲタな人だったのかも。漫画を描けばよかったのでは? 生まれるのが千年早かったんですよ。現代だったらサブカルの分野で人気者になれたかもしれません。保証はできないけど。

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『源氏物語を読むために』西郷信綱

源氏物語を読むために (平凡社ライブラリー)西郷 信綱平凡社 2005-04by G-Tools もっとお堅い本かと思ったら、意外に読みやすかったです。でもこの本は源氏物語を読んだことがあって、内容をある程度把握している人向けですね。 そもそも源氏物語は、紫式部が宮廷とその周辺にいる女性読者に向かって書いたものです。貴族の子女が「きゃー」とか「わー」とか思いながら読んだのでしょうね。だからといって軽んずることなく、さりとて権威主義にも陥らず、時代背景や端役の意味するところを、具体的にポイントを押さえて読解していきます。 例えば平安中期には貴族はみな仏法に入れ込んでいたわけです。仏法を禁断して暮らすことは後生をおろそかにすることで、重い罪であるとまで考えられるようになります。私はそれをなんとなくわかったように思っていました。でも娘と一緒に伊勢に下っていた六条御息所の言葉を引いて、仏縁を離れた宗廟伊勢は今や「罪深き所」へと逆転したのである。と指摘されて、そんなに深刻だったのかー、全然わかってなかったよ、すまなかった、と頭を下げた次第です。 主要な登場人物の運命という縦糸に、乳母子や女房といった端役たちの動きという横糸が組み合わされ、玄妙な人間地図が織り出されている、そんな所に気を配りながら改めて源氏を読んでみたいです。

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『更級日記』

更級日記―現代語訳付き (角川ソフィア文庫)原岡 文子 角川書店 2003-12by G-Tools 日記文学ということでドメスティックな内容かと思いきや、ちょっと違いました。 著者は菅原道真の嫡流、五世の末裔である菅原考標の娘。 内容は上総介の任期を終えた父に伴われて上京した13歳から、夫と死別し侘しい生活をおくる52歳ごろまでの回想録になっています。 が、例えば結婚や出産といった、女性が人生で印象深いであろう事柄に重点を置いたものではありません。著者は物語が大好きな文学少女で、『源氏物語』などを貪るように読み非常にロマンチスト。どこか夢見がちな少女時代の、姉との交流や物語への憧れ、旅で見た風景などが主に描かれています。 古典の場合、現代語訳だけで終りにすることもあるのですが(!)、原典がなかなか味わいのある文章だったので、脚注を見ながらしみじみと読んでしまいました。 しかし文法は忘却の彼方です。

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『陰陽師 太極ノ巻』夢枕獏

陰陽師 (太極ノ巻)夢枕 獏文芸春秋 2003-04by G-Tools 漫画を読んだ方にしかわからない話で恐縮ですが、わたくし、ファラオの呪いから逃れるために、もう一度小説を最初から読んでしまいました。 陰陽師、飛天ノ巻、付喪神ノ巻、鳳凰ノ巻、龍笛ノ巻、そしてこの太極ノ巻。 相変わらず晴明邸の簀子に座して酒を飲む二人です。 著者自身があとがきで「マンネリをおそれない」と書いているとおり、それがいいんですよね。 さらさらと読めて、怖い話や幻想的な話でも、どこかおかしみがあります。 今回も仕事が済んだあとに何気なくアイテムをゲットしている晴明ですけど、邸には貴重な文書などよりも、こんながらくたのほうが沢山あるのでは…と思った次第です。

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『陰陽師 (13)』岡野玲子

陰陽師 (13) (Jets comics)岡野 玲子白泉社 2005-09-29by G-Tools 終わった…。長かった…。 そしてどうあってもエジプトなのですね? ストーリーなど、あってなきがごときです。伏線の回収なのか、こじつけなのか、広げに広げた神秘の大風呂敷を無理やり畳んでみました、というような最終巻でした。 え? 全然解りませんか? 私もよく解っていないので当然です。 世の中の色々な現象と人間の営みの無常観や哀しみを、陰陽師という視点から描き出す。そんなところが良かったのですけど、もう別物になってしまいました。 作者が世界の神秘的な事柄の偶然の一致というかシンクロを発見して、その興奮を無理やり漫画に結びつけちゃったなあ、という感じです。私としては、もう少し冷静に突き放した視点で話を考えて欲しかったかなあと。 神秘思想に興味のある人にとっては、面白く読めるのでしょうか。

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『おちくぼ姫』田辺聖子

おちくぼ姫 源中納言には姫が四人いて、他に腹違いの姫が一人、後ろ盾をなくしてお邸に引き取られている。 継母にあたる北の方はこの姫を自分の姫たちとは差別して扱った。床が一段低く落ち窪んだ部屋をあてがい、粗末な身なりで召使いのように縫い物ばかりをさせ、「おちくぼ」と呼んでいた。 作者も正確な成立年代も不明ですが、平安期に書かれたと思われる「落窪物語」を、田辺流に現代語訳したものです。 平安貴族の暮らしぶりや習慣の解説も文中に盛り込まれていて、小中学生にも読みやすい本だと思います。 内容を簡単に言うと、継母のひどい仕打ちに耐える孤独な姫の前に、すてきな公達が現れて結ばれる、という王朝版シンデレラ物語です。 姫と貴公子よりも、おちくぼ姫の乳姉妹で女房の阿漕(あこぎ)と、その夫の惟成(これなり)の活躍する姿が生き生きしていて良いですね。 特に阿漕が、姫のために機転をきかせて様々な支度を調えたり、ピンチを切り抜けるのが健気。 面白く読んでもらうために、原典の半分ほどで話を完結させ、人物やエピソードの一部を少し変えてあるそうなので、そのうちに完全な訳の本を読んでみようかと思っています。

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『陰陽師 (12)』岡野玲子

陰陽師 (12) (Jets comics)岡野 玲子白泉社 2005-07-29by G-Tools ほとんど解らん世界になってますが、12巻で終わらなかったのですね。 13巻で完結するそうです。 唐突すぎる象徴や天文などの薀蓄はとりあえずおいといて、話は藤原氏vs源氏です。 状況は藤原兼家と源高明の権力闘争へ、そして晴明は道満との射覆(あてもの)対決へ、となってまいりました。 腐っても貴族! 生まれる前も貴族! 生まれ変わっても貴族! の兼家が良かったかな。あまりにもイってしまっている話の中で、血も肉も野望もある人間は貴重です。そして貴族は縛られてもオロオロしない。 どんなオチにするのか、ここまで読んだので最後まで付き合いますが、なんとも言いようのない漫画だなあ。

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『えんの松原』伊藤遊

えんの松原 (創作童話シリーズ)伊藤 遊福音館書店 2001-04by G-Tools 十三歳の少年・音羽丸は、宮中につとめる判内侍のもとに身を寄せている。女装して音羽と名のる彼は、ある日「神鏡」のある温明殿に忍びこんだ十一歳の少年・憲平に出会う。 疱瘡で両親を失った音羽と、怨霊に祟られ苦しむ憲平は、ともに世と人の闇へと分け入ってゆく。 平安時代、村上天皇の御世の宮中が舞台です。 一の皇子である広平親王の後ろだては大納言藤原元方。二番目の皇子である憲平親王(のち冷泉天皇)の後ろだては右大臣藤原師輔。右大臣の孫である憲平が長幼の序を曲げて東宮に立ち、元方は失意のうちにみまかり怨霊となって祟った、という話が下敷きになっています。 憲平の苦しみは個人のものですが、その不安には、栄華を極める者があればその陰に嘆きが生まれ、その無念の思いが凝って怨霊となり現れる、といった平安人のメンタリティーが密接に関わっています。 音羽と憲平が信頼関係を築き、ともに成長していく物語であると同時に、華やかな大内裏の中に残る「えんの松原」に象徴された人々の無念の思いと、それを忘れずに生きる人々を描いた物語でもあります。 音羽が子供の視点で大内裏の縁の下にもぐり、築地を越え、松林に分け入るのが新鮮。平面的に理解していた場所が立体的に感じられました。

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『鬼の橋』伊藤遊

鬼の橋 (福音館創作童話シリーズ)伊藤 遊福音館書店 1998-10by G-Tools 弘仁五年(814年)貴族の嫡男である篁は、妹が転落死した古井戸からあの世の入り口へ迷いこみ、既に死んだはずの坂上田村麻呂と出会う。訊けば死後も「鬼から都を守れ」と帝からおおせつかり、あの世への橋を渡ることが出来ずにいるという。 将軍に諭されこの世に戻った篁は、五条橋で少女・阿子那と、橋を渡ってきた大男・非天丸と出会った。 君のひざまくらで本を読むさんで紹介されていました。 もう、こういうの大好きです。 平安時代に実在した人物、小野篁の少年期を著者が自由に想像して描いた物語です。 いろいろ伝説のある人ですが、学校では法律書「令義解」を編纂した一人と習いましたね。←今調べた 少年から大人になるのは一足飛びではなく、連続した時間の中での変化だと思うのです。大人と子供、分断された世界のようですが、自分をとりまく世界の見かたが違うだけです。 ただその変化を感じる節目は確かに存在し、この時代の男の子であれば「元服」が節目の一つになるのでしょう。 篁が様々な痛みを持つ人と出会い、受け入れ、与えることをおぼえて成長していく過程や、将軍、阿子那、非天丸たちの境遇を表すのにも橋が象徴的に使われています。 おどろおどろしい中にも優しい肌触りのある、太田大八の絵がとても良かった。

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『とりかへばや、男と女』河合隼雄

とりかへばや、男と女 河合隼雄はユング派精神分析家の資格をもつ臨床心理学者で、この人なりの物語の読み解き方が面白いのです。本書は男女の境界を超える心の謎にせまっていきますが、ここでは王朝物語の『とりかへばや』に関する部分だけ触れます。 まず国文学のなかで『とりかへばや』の評価が低いことへの本質をついた発言として、中村真一郎の意見を引用しています。 倫理性の欠如を憤慨してもはじまらない。王朝末期の貴族社会では、恋は倫理的な規制を受けるものではなく、むしろ美的規制をうけるものであった。王朝物語のなかに、故意に作者の倫理的意見を発見しようとするのは、近代的さかしらである。 これは私もやってしまいますね。この物語が現代まで伝えられてきたことには意義があるわけで、現在の評価が変態だなんだと低いのは、国文学の大家・藤岡作太郎の著作『国文学全史―平安朝篇』での評言(大正十二年)によるらしいです。大先生が「醜穢だ、不道徳だ」と決め付けた事によって、多くの国文学専攻者がそれを「研究」するのを思いとどまってしまったわけですね。 『とりかへばや』は作者の性別についても諸説あって、著者と吉本隆明の対談でも意見が喰い違っていたそうです。吉本隆明は「作者は男性で宰相中将が主人公」と考え、河合隼雄は「作者は女性で中納言(女性)が主人公」と考えていました。その後この問題を考え続けた著者は、現代的な小説として主人公を設定するとそのようにも読めるが、当時の「物語」は多分に重層的な、あるいは、多中心的な構造をそな…

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『とりかえばや物語』中村真一郎 訳

とりかえばや物語 (ちくま文庫)中村 真一郎 筑摩書房 1992-01by G-Tools 権大納言には二人の子供がいた。若君は優美で気高く、腹違いの姫君はきりりとして愛敬がある。しかし成長するにしたがってその傾向が強まり、困った父親は若君を姫君、姫君を若君として世に送り出すことにする。 本来女性の若君は右大臣家の婿となり、男性である姫君は尚侍として参内するが…。 平安後期に成立したと思われる、作者不明の物語です。 言うならば「源氏物語」などの宮廷物語を換骨奪胎して、人間の俗な願望や嗜好を嵌めこんだ物語、でしょうか。 訳者の中村真一郎が解説でこう述べています。 かくして奇怪な同性愛への嗜好、閨房への無遠慮な侵入、混血児との恋愛、愛欲の満足のための殺人への恐怖、等、暗黒小説の条件が揃ってゆく。(中略)「とりかえばや物語」の作者の現実蒐集は、単に変態的なものばかりでなく、一時代の終焉の中での、人間感情の様々な変転を、生な形でスナップした。 暗黒小説(註)という表現はすごいですけど、内容はドタバタしていて面白いんですよ。 もともと本人たちは自分の性別に違和を感じていたわけではなく、性格や嗜好が世間の求める男性像・女性像からずれていただけなんですよね。 仕事は難なくこなしますが、身体の機能としての性別を偽ることが難しくなり、後に兄妹がそれぞれ男性性、女性性に目覚めて社会的地位を入れ替えて生活します。が、この「目覚める」ってのがちょっと安直で、社会的に同定される性と自分の…

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『高丘親王航海記』澁澤龍彦

高丘親王航海記 貞観七(865)年正月、高丘親王は唐の広州から海路天竺へ向った。幼時から父平城帝の寵姫藤原薬子に天竺への夢を吹きこまれた親王は、エクゾティシズムの徒と化していたのだ。鳥の下半身をした女、犬頭人の国など、怪奇と幻想の世界を遍歴した親王が、旅に病んで考えたことは…。遺作となった読売文学賞受賞作。 ~ カバーより ~ 澁澤龍彦の小説は数が少ないですけど、この本は特に読むたび心をゆり動かされます。なんでしょうね、感傷とも違うし雷が落ちるという訳でもなくて、感じたことを文章にするのが難しいです。じゃあどんな所に反応してしまうのかと考えていたら、高橋克彦が解説で「哀しみを超えた笑いや、生についての慈しみ」という表現をしていて、ああなるほどと思いました。 天竺をめざして航海しながらも小説の大半の部分は親王の夢であり、そのうつろいをゆっくりゆっくりと読みたい本なのです。

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