『美術の物語』を買いに

いい天気だったので自転車で出かけてきました。 まずは書店へ。購入したのはE.H.ゴンブリッチ『美術の物語』。先日発売になったばかりのポケット版です。西洋美術史の入門書として大きい本は手が出ませんが、これだと気軽に読めそうです。 ちなみにポケット版は後半にカラー図版がまとめてあります。 お買い物も済んだので、あとはのんびりサイクリング。 北大のイチョウ並木が黄葉してきれいです。落ち葉がはらりと舞って今が見ごろ。文化の日で祝日のせいか人も多かったです。 もうすぐ冬がきます。 美術の物語エルンスト・H. ゴンブリッチ E.H. Gombrich ファイドン 2011-11by G-Tools , 2011/11/03 美術の物語E.H.ゴンブリッチ 田中 正之 ファイドン 2007-01by G-Tools , 2011/11/03

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『壊れても仏像 文化財修復の話』飯泉太子宗

壊れても仏像―文化財修復のはなし作者: 飯泉 太子宗出版社/メーカー: 白水社発売日: 2009/05メディア: 単行本 著者は財団法人美術院国宝修理所のスタッフを経て、現在はNPO法人を主宰し仏像の修復活動を行っています。 実際に修復に携わる立場から、修復の過程や文化財をとりまく状況を紹介しています。 仏像の素材と構造、どんな風に壊れそして修復するのかを、プラモデルなど身近なものと比べながら、くだけた文章でわかりやすく解説してあります。仏像を眺めるのは好き、でもそんなに知識はない私でも楽しめる本でした。 古い仏像は今に至るまでに何度も修理を受けていて、造られた当初とは姿が変化しているものも多いとか。 広隆寺の弥勒菩薩半跏像は、全身に金箔が貼られていたものが、表面が剥がれ落ちて骨格の部分がむき出しになっていて、今ではその状態が鑑賞され賞賛されているそうです。 他にも立像の痛んだ下半身の部分が切断されて、坐像に変えられていたなんてユニークなものもあります。 仏像を実用品と見るか、美術品として見るかで修理の仕方も変わるのは興味深いです。 仏像を信仰の対象として見る側は、金箔や彩色を施し見栄えがするように修理したい、しかし文化財や美術品として見るならば、古いものを新品のようにしてしまうと価値が損なわれてしまいます。著者が修復するときは、古いままにしておく「文化財修理」をすすめるそうですが、どちらかが絶対に正しいというものではない悩ましい問題なのはわかります。 そ…

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少しずつ読むディーネセンの物語

本によってはイサク・ディーネセン、カーレン・ブリクセンなどいろいろ名義がありますが同一人物です。念のため。 『アフリカの日々』は良い作品ですが個人的にはあまりピンときませんでした。しかし書名に惹かれて手に取った『運命綺譚』にやられました。続けて読んだ『バベットの晩餐会』で決定的になりました。 聖書や神話がさりげなく配され、現実からはすこし浮遊した、おとぎ話のような雰囲気を漂わせる物語。けれど文章はとても理知的です。高まる緊張のなかにもユーモアがあります。そんなところが私の肌に合います。 芸術は人々を至福の時に導くだけでなく、人の奥底に眠る官能を呼び覚まします。 例えば禁欲的な信仰を持つ人にとってそれは危険なことだったりします。己の中にある何ものかに冷やりとさせられたり、規範を取り払われたりするのが真の芸術と言えるのかも。 真の芸術家の孤独な魂を描く物語でもあります。 もったいないので未読のものは少しずつ読もうかと思っています。しかし絶版が多いのよね…。 原書では『運命綺譚』に「バベットの晩餐会」も収録されているそうです。 あと『運命綺譚』と対になる『Last Tales』を翻訳して出してもらえませんか。 翻訳本の収録作品をメモ。 『運命綺譚』 「水くぐる人」「あらし」「不滅の物語」「指輪」 『バベットの晩餐会』 「バベットの晩餐会」「エーレンガート」 運命綺譚 (ちくま文庫)作者: カーレン ブリクセン出版社/メーカー: 筑摩書房発売…

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『贋作者列伝』種村季弘

フェルメールの贋作で有名なファン・メーヘレンをはじめ、数々の贋作事件が紹介されています。 作者がいて、画商や鑑定家がいて、コレクターがいる美術市場があって、流通の過程でペテンが発生し売買が成立すると「贋作」という犯罪になるわけです。 作品に贋作の嫌疑がかけられたときの関係者の反応は、喜劇としか言いようがないです。 例えばルーヴル美術館が買い取った『詩人ベニヴィエニの胸像』の場合、十五世紀ルネサンス彫刻の大発見と注目されたけれど、実際はイタリアの無名彫刻家ジョヴァンニ・バスティアニーニが数年前に作ったものだったのです。本人は贋作のつもりなどさらさらなく、仲介者に渡った段階で古美術品に変身していきます。で、仲介者同士の内輪もめから事実がすっぱ抜かれます。 ここからがコントです。胸像が贋作だとすると、鑑定した者、絶賛した者の権威が失墜するので、彼らは贋作ではないと頑張ります。さらにフランスのスノッブな人たちには、バスティアニーニが真作者だと認めたくないという心理もあります。パリのある彫刻家は、これほどの巨匠が現代イタリアに生きているはずがないとして、あれをバスティアニーニが作ったというのが本当なら、「私は彼のために一生粘土をこねてやろう」とか言っちゃいます。お前は一生粘土の菊練りだ、と私は合いの手を入れて笑いつつ、芸術作品の真贋を明らかにしようとするとき、人間の性とか業みたいなものもあらわになるものだなあ、なんて思いました。 贋作者列伝

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芸術ってすごいよ

きれいだったり繊細な絵ももちろん好きだけど、そういう類ではなくて、実物の前に立ったときに内臓に響くような絵というのもある。今までの体験では神田日勝の「室内風景」とジョルジュ・ルオーの「バラを持つピエロ」のふたつ。ずしっと来る感覚というのはどこから来るのか解らないけれども、描いた人間と直に対峙する事に近いのかもしれない。神田日勝の絶筆「馬」は写真でしか見た事がない。馬の頭部から腹部までが描かれて、そこで中断しているのだけど、ぜひ絵の前に立ってみたいな。

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