『ノラや』内田百けん

ノラや―内田百けん集成〈9〉 ちくま文庫内田 百けん筑摩書房 2003-06by G-Tools 猫にまつわる話ばかり二十二編をあつめた本です。 中心となるのは飼い猫のノラとクルツの話。野良猫だったノラを百けん先生はとても可愛がりますが、ノラはある日いなくなってしまいます。その後の先生の嘆き悲しむ姿と、行方を捜す執念がすごいのですよ。 先生は「猫が特別好きなわけではない」と再三書いています。猫好きなのではなく、ともに過ごしたノラとクルツの二匹が、かけがえのないものなのだと。 でも晩年の作品に、寒風で門扉が軋む音が子猫の泣く声に聞こえてひやりとする、とも書いています。猫であればほおっておけないし、家に入れればまたノラのような苦労を繰り返すからなのですが、こういうところに、先生が生命に対して持つ、もの悲しい気持ちや優しさみたいなものを感じます。

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『第三阿房列車』内田百けん

第三阿房列車 (新潮文庫)内田 百〓@6BE1@新潮社 2004-06by G-Tools 百けん先生とヒマラヤ山系氏の、用事のない旅もこれで完結です。 今回は日程を迷った挙句に、先生の時計には存在しない時刻、つまり早朝に出発したり、旅の途中で病気になったり、ヒマラヤ山系氏がカメラを持ってくるという変化があったりします。それらについての書きようがふるっていて楽しい。 一つ一つのことが気になり、いろいろと考えずにはいられない先生は、列車に同乗のある客と自分が見た猿の悪夢を結びつけて、夢うつつの世界に行ってしまったりもするのですが、それも不思議な味わいになっています。 当時の列車の旅(昭和二十~三十年代)に思いを馳せつつ、百けん先生が現代を旅する姿を想像し、にやにやしてしまう私なのでした。

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『第二阿房列車』内田百けん

第二阿房列車 (新潮文庫)内田 百〓@6BE1@新潮社 2003-10by G-Tools 『第一阿房列車』と同じく、目的のない旅は続きます。観光地へ行ってみんなが見るものを見物、なんてことはもちろんありません。 ひたすら移動し、宿に泊まり、旧友と久闊を叙してお酒を飲み、アイスクリームを食べるのです。(先生はアイスもお好き) 「雷九州阿房列車」では、大きな水害が起こるのと時を同じくして出かけます。先生とヒマラヤ山系氏は直接災害には遭遇しません。しかし降り続く雨で池があふれ、真っ赤な金魚が水たまりを泳ぐ様子や、暗いホームに停車している「水の底から引き揚げた化け物の様」な列車が、穏やかならぬ雰囲気をかもし出しているのです。 一見とりとめのない旅の記述ですけど、先生の万事に対する透徹した眼差しが感じられる本でした。

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『第一阿房列車』内田百けん

第一阿房列車 (新潮文庫)内田 百けん新潮社 2003-04by G-Tools なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う。「ヒマラヤ山系」氏と共に旅に出た先生。 列車の振動に身を任せ、車窓の景色に胸をときめかせ、煙草を吹かしているうちに汽車はどんどん走って行く。 用事がない旅は片道しか味わえない。なぜなら復路は「帰る」という用事ができるから。 いつまでも読み終わりたくない本はあるもので、これもその一つです。 先生と一緒に阿房列車に乗り込むのです。 例えば盛岡への旅は、朝出発すると到着時間の都合がいい。しかし先生は朝早いのが嫌なので、お昼に出発。すると到着時間の都合が悪い。なので途中福島で降りて一泊するという暴挙にでます。でも用事がないのでそれでいいのです。名所旧跡にも行かないし、なんにも縛られない旅なのですから。 読んでいて困った事がありました。 鉄道唱歌の歌詞が時々でてきて、その度に私の脳内にダーク・ダックスだかボニージャックスだかがつと現れて歌いだすのです。なかなか先にすすめません。 ……先生との旅は続きます。

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