『源氏物語を読むために』西郷信綱

源氏物語を読むために (平凡社ライブラリー)西郷 信綱平凡社 2005-04by G-Tools もっとお堅い本かと思ったら、意外に読みやすかったです。でもこの本は源氏物語を読んだことがあって、内容をある程度把握している人向けですね。 そもそも源氏物語は、紫式部が宮廷とその周辺にいる女性読者に向かって書いたものです。貴族の子女が「きゃー」とか「わー」とか思いながら読んだのでしょうね。だからといって軽んずることなく、さりとて権威主義にも陥らず、時代背景や端役の意味するところを、具体的にポイントを押さえて読解していきます。 例えば平安中期には貴族はみな仏法に入れ込んでいたわけです。仏法を禁断して暮らすことは後生をおろそかにすることで、重い罪であるとまで考えられるようになります。私はそれをなんとなくわかったように思っていました。でも娘と一緒に伊勢に下っていた六条御息所の言葉を引いて、仏縁を離れた宗廟伊勢は今や「罪深き所」へと逆転したのである。と指摘されて、そんなに深刻だったのかー、全然わかってなかったよ、すまなかった、と頭を下げた次第です。 主要な登場人物の運命という縦糸に、乳母子や女房といった端役たちの動きという横糸が組み合わされ、玄妙な人間地図が織り出されている、そんな所に気を配りながら改めて源氏を読んでみたいです。

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『藤壺』瀬戸内寂聴

藤壺瀬戸内 寂聴講談社 2004-11by G-Tools 源氏物語の幻の一帖といわれる「輝く日の宮」を『藤壺』と題し、瀬戸内寂聴が想像を逞しゅうして描きます。本は90ページ程で著者の解説と本文、そして擬古文にしたものを収録。 この一帖に関する説や研究を詳しく知らないのですが、著者の解説によると藤原定家の源氏物語注釈書『奥入』には、「かかやく日の宮」(原文)が既に欠けていて「かかやく日の宮。このまきもとよりなし」と書かれているといいます。 この一帖があったと仮定して、丸谷才一の小説『輝く日の宮』では道長が削除させたとしていますが、瀬戸内寂聴は一条天皇が内容上禁忌にふれるので削除を命じたのではないかと想像しています。 作品は、若き光源氏が義母にして帝の妃である藤壺と初めて結ばれる場面を、その経緯も含めて描きます。高貴な女人の部屋に忍び込むには女房の助力が不可欠で、光源氏は藤壺の傍に仕える王命婦と契って手引きをせがむのです。恋愛にはある程度強引なところも必要ですけど、「罪は全て自分の身に」などと陶酔して写経をする彼は、しょうもなさ大爆発。それに対しての女性の気持ちを丁寧に描き、とくにラストの王命婦の様子は余韻が残ってとてもよかった。

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『紫式部のメッセージ』駒尺喜美

紫式部のメッセージ 不勉強で駒尺喜美という人を知らなかったのですが、そうですか。 源氏物語関係の本ですけど、序章を読んでいる途中で思わず後ろの著者経歴を確認してしまいました。 1925年生まれ 元法政大学教養学部教授、専攻近代日本文学、女性学 ……フェミニズムですよ。 1991年発行の本です。現在フェミニズムがどうなのかは知らないのですけど、今読むとかなり攻撃的な記述もありますね。 著者は「源氏物語の真の主人公は女性たちで光源氏ではない。そう見ていくと物語の玉鬘系・紫の上系というのも関係なく、宇治十帖までも全て紫式部の著作である」という考えです。 その上で事細かに論じていますが、登場人物たちの行動がセクハラだなんだとこれが手厳しい。男性中心社会の発想を斬って斬って斬りまくります。 結論は「どんなに男と女が主観的に愛し合っていても、男女が分断されている社会構造と文化形態、生活様式の中ではどうしようもなく食い違っていくのだ。<結婚>の幸せを夢み、熱望するがしょせん夢の浮橋に過ぎない」という紫式部の現実的な認識と哀しい思いが「宇治十帖」に込められているのである、としています。 そして紫式部にその認識があればこそ『源氏物語』全体が「もののあはれ」で貫かれているのだ、とも。 河合隼雄の『源氏物語と日本人』でも女性の視点で読んで似た結論を出していますが、本の雰囲気が全く違います……。

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『十人十色「源氏」はおもしろい』瀬戸内寂聴

寂聴対談 十人十色「源氏」はおもしろい (小学館文庫)瀬戸内 寂聴小学館 1998-11by G-Tools 瀬戸内寂聴が源氏物語についていろんな人と対談、時に放談しています。 顔ぶれは丸谷才一・俵万智・清水好子・大庭みな子・秋山虔・氷室冴子・橋本治・五木寛之・久保田淳・八嶌正治・三島由紀夫・竹西寛子。 作家あり、歌人あり、国文学者ありですね。 登場人物では誰が好きか?  私は朧月夜なんですけど、俵万智と大庭みな子もそうらしい。でも表題どおり十人十色で、どう読むかも着眼点も皆さん違って興味深いです。そして橋本治とはなにげに意見が合わない所があって、どちらも自己主張が強そうなのがなんだか可笑しい。 他には川端康成も源氏を書こうとしていた、なんて話もありました。 ちなみに三島由紀夫は与謝野晶子訳がお好みらしいです。 私は田辺聖子と瀬戸内寂聴しか読んでいませんが、三島由紀夫が推すなら読もうかな。

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『源氏物語と日本人』河合隼雄

源氏物語と日本人―紫マンダラ (講談社プラスアルファ文庫)河合 隼雄講談社 2003-10by G-Tools 臨床心理学者の河合隼雄が、独自の見地から『源氏物語』の全体にわたる構図を明らかにしていきます。 紫式部が自分の内面世界に住む多様で変化に富む女性の群像を見出した。その「世界」を記述するにあたって、彼女自身を中心とするのではなく、一人の男性を中心とするほうが適切に描ける、そう感じて光源氏が生み出された。 しかし男性に依ってその存在のあり方を規程するのではなく、女性が個としての存在をそのままに感じ取る必要性を感じ、新たな物語を書き起こす事が必要になった。それが「宇治十帖」である。 紫式部が男と女の新しいあり方を描きながら、個としての女性像<浮船>に到達していくさまを、河合隼雄があらゆる角度から検証します。 「宇治十帖」の著者は紫式部ではないという説もありますが、男性原理に基づく「個」ではなく、紫式部が女性としての「個」である自分の物語をつくりだしたと読み解く事によって、『源氏物語』全てに一貫性が出てくるという主張は説得力があります。 いろいろ女性たちも分析していて面白いのですが、河合隼雄も男性なので、男性を分析すると筆が冴えますね。 ぐじぐじと後悔するする事の多い<薫>を「思慮深そうに見えて、ほんとうは深くないのである」と、ばっさりです。 他にも面白いアプローチがたくさんあって、読みごたえがありました。

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『輝く日の宮』丸谷才一

輝く日の宮丸谷 才一講談社 2003-06-10by G-Tools 奥ゆかしくて官能的。一見、相反する言葉ですけど、こう表現するのがぴったりな小説です。 『源氏物語』の幻の一帖「輝く日の宮」をめぐる考察本というわけではなく、紫式部と『源氏物語』の成り立ちと、主人公である国文学者の杉安佐子の物語をリンクさせる構造になっているんですね。 安佐子の学者としての研究や父親との会話、そして恋愛を描く流れの中に、芭蕉の『奥の細道』の考察、「輝く日の宮」に関しての女性学者同士の応酬などが組み込まれていて、読み手の知的探究心を刺激します。一章ごとに変わる小説技法、作中の小説など、著者がテクニックを駆使して楽しませてくれるのですが、小説に含まれるアカデミズムへの皮肉と、どこの世界にもある嫉妬の感情におかしみがあって読みごたえがありました。 旧かなづかいが…、という向きにも、これはあまり気にせず読めると思いますよ。

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