『ローマ亡き後の地中海世界』塩野七生

パクス・ロマーナの時代が終わると、北アフリカは徐々にイスラム化され、ヨーロッパの沿岸地域はイスラム教徒による海賊に襲われるようになります。破壊と掠奪が行われ、拉致された人々は奴隷にされます。 7~18世紀ごろまでこの状態が続いていたことに驚きます。やれ十字軍だルネサンスだと騒いでいたころも、ヨーロッパの名もない人々が鎖に繋がれて海賊船の漕ぎ手をさせられたり、奴隷として北アフリカに送られていたのですね。 キリスト教のヨーロッパ諸国はイスラムに脅威を感じていながらも、ヨーロッパでの内向きの勢力争いに忙しく、積極的に海賊排除に動かなかったように思えます。地位もお金もない人が連れ去られても事件にならないでしょうし。 ただ、アラブvsヨーロッパ、イスラム教徒vsキリスト教徒のような、大きな括りの攻防の影に、軍事力によらない奴隷救出活動を続けていた団体もあったそうな。 千年あまりの時間と広い地中海世界を描くので、概略になってしまうのは仕方ないかな。 前述の救出団体の話やマルタ島の攻防、スルタン・ムラード三世の生母になるヴェネツィア貴族の娘チェチリアなどの人の物語になると面白いです。 執筆にあたって著者は「地中海の真中から前後左右を見ている感じ」と述べています。でも塩野七生はローマ世界やコスモポリタン的な考えに価値を置いている人だと思うので、そのへんは頭に入れて読む必要はあります。 ローマ亡き後の地中海世界 下作者: 塩野 七生出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2009/…

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『戦争と平和』トルストイ

戦争と平和〈1〉 (新潮文庫)作者: トルストイ出版社/メーカー: 新潮社発売日: 1972/03メディア: 文庫 一度読んだぐらいでは到底把握できない作品なので、いつか再読するつもりです。通読して頭に浮かんだことを書いておきます。 歴史とは一人の英雄によって作られるものではなく、無数の人々の行動から成り立つものである。 この歴史観を明らかにするために、話の中心となる貴族の家庭から農民や一兵士にいたるまでの大勢の登場人物の行動によって、ナポレオンがロシアに侵入してきた時代を描きます。 トルストイの作品は登場人物がみな生きているのがすごい。 主要な登場人物のピエールを取り上げてみます。貴族の庶子であるピエールは、感じやすく、善徳や人類愛を夢想しながら、意志薄弱ですぐ酒に溺れてしまうような人。自分の内面にばかり没入して周りの人が見えていないし、そんなに清らかなのが良ければ嫁のことを云々する前に、自分が山にこもって滝にでも打たれればいいのに、などと私は思って同調はできないのです。 そんな人でも(すいません)ピエールが感じている精神と肉体と外界との不調和を、私が一瞬体感する場面があって、これだけでも読んで良かったと思いました。 トルストイの作品を読んでいると、作家本人が気になってしょうがないです。 『戦争と平和』を執筆したのは40歳前後ですが、後世に生きる私は、その後のトルストイの作品や生涯を知ることができます。本作でもピエールとアンドレイ公爵にトルストイ自身が投影され…

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『大奥 第五巻』よしながふみ

大奥 第5巻 (ジェッツコミックス)作者: よしなが ふみ出版社/メーカー: 白泉社発売日: 2009/09/29メディア: コミック 綱吉編です。 第四巻で、物憂げな魅力で周囲を惑わす綱吉にわくわくした私でありますが、いい意味で裏切られます。第五巻で見せる、ひとりの生身の人間の顔に泣きたくなりました。 表向きの雰囲気は、世の中が平和になって、元禄文化がはなひらいて、大奥でもギラギラした欲望が交錯して…だけれど、綱吉に限らず玉栄も右衛門佐も皆すこしずつ哀しいのだなあと。 柄on柄という伝兵衛のすごい衣装にすら哀しみをおぼえます。いや、お伝はいいやつです。 読んでいてほんとうに悲しくなってしまっただけに、お信との対面は清々しかったです。綱吉の笑い声も切なさも痛いほどわかります。

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『イザベラ・バードの日本紀行』イザベラ・バード

1878年(明治11年)の日本を旅したイギリス人女性による旅行記です。 平凡社から出ている『日本奥地紀行』は、東北と北海道の旅を収録した普及版の翻訳。 講談社の『イザベラ・バードの日本紀行』は原典初版本の翻訳で、関西の旅も収録されています。 東北と北海道の旅は、従者と通訳を兼ねる伊藤と二人で東京から日光を経て新潟へ、東北の山間部を通過しながら青森、北海道へと渡ります。 蚊と蚤に悩み、山間部の農民の貧しく不潔な姿に驚き、木々が茂る山々の景色に感激するわけですが、偏見や好悪を表す辛辣な言葉があり、正直いい気持ちがしないところも多々あります。 イザベラ・バード個人の価値観や経験則から来るものだし、時代的な制約もあるので、そこもコミで読むべきなのでしょうけど。 とはいえ、実際に足を運んで人々の暮らしを見聞する彼女の意欲と、物事を注意深く観察する姿勢には敬意を払います。貧しく不潔な農民たちが田畑をきちんと手入れし、夜には手仕事をして経済的に自立し、子供を可愛がるところも見ています。 アイヌの描写も、風習、言語、宗教、村落による違いまでも詳しく観察し考察しています。 あとは、通訳の伊藤ウォッチャーになってしまいました。まだ18歳のおもしろい人物です。抜け目ない性格で、雇い主を操縦しようとする面もありながら、頼りになるし勉強家。西欧文化とキリスト教を至上とするイザベラと、伊藤の強烈な愛国心と外国人嫌いな面の対比は、日本人の外国文化に対するねじれた感情が垣間見える気がします。 関…

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『ローマ人の物語 ローマ世界の終焉』塩野七生

ローマ人の物語〈15〉ローマ世界の終焉作者: 塩野 七生出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2006/12メディア: 単行本 ついに最終巻です。単行本の15巻。 そうか。ローマ帝国の滅亡ではなく、ローマ世界の終焉なのですね。 敗者をも同化し、国内の安全を保障することで繁栄したローマ帝国でありますが、統治者がこの責務を果たせなくなって衰えていきます。 蛮族の流入が激しかったのは第一にあるけれど、神が授けた皇帝のイスに座る者の目が、人や社会を見なくなった気がしてならないです。読んでいても、蛮族相手に奮闘したスティリコやベリサリウスのような将軍の他は、皇帝の名前が目の前を次々と流れていったという印象です。 皇帝も市民も、自分たちの力で土地も人も治めていくのだ、という気概が失われていったように思いました。 それにしても西ローマ帝国はあっけなく滅亡して、その直前は皇帝がころころ変わっているにもかかわらず、肖像を刻んだコインは残っているのだなあと妙に感心しました。

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『ローマ人の物語 キリストの勝利』塩野七生

キリストの勝利 ローマ人の物語XIV作者: 塩野 七生出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2005/12/27メディア: 単行本 ローマ帝国が次第にキリスト教化する四世紀。コンスタンティウス帝からテオドシウス帝までを取り上げます。 単行本の14巻。 読み終えるまでになぜか一週間以上かかってしまいました…。 ギリシア哲学を愛し、ローマ帝国のキリスト教化を押しとどめようとしたユリアヌス帝のところは、筆に熱が入っていましたが。 ローマ人の物語は権力者中心で、庶民の視点がほとんどありません。一般の人々にキリスト教がどのぐらい浸透していたのかが想像しにくいです。 コンスタンティヌスや息子のコンスタンティウスの時代に、キリスト教会に属する聖職者は免税になり、以前なら元老院議員であったような有力者たちがどっとキリスト教化した、なんて話は面白いです。こちらのほうがお得、という心理まる出しですね。 ミラノ司教アンブロシウスが登場し、皇帝をキリスト教の影響下に置く手腕を読んでいると、宗教も政治だなあと思います。アンブロシウスはもともと高級官僚で、キリスト教徒ではなかったにもかかわらずスカウトされて司教になった人。弁が立ち、皇帝と密接な関係を築き、組織としての教会の基盤固めを進めます。 司教は神の意を伝える者、いわば神の代理人です。皇帝の権威は神が認めたからこそ行使できるとなれば、キリスト教徒になった皇帝は、神意を伝える司教の羊になったも同然というわけです。 もの凄い詭弁(ごめ…

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