『戦争と平和』トルストイ

戦争と平和〈1〉 (新潮文庫)作者: トルストイ出版社/メーカー: 新潮社発売日: 1972/03メディア: 文庫 一度読んだぐらいでは到底把握できない作品なので、いつか再読するつもりです。通読して頭に浮かんだことを書いておきます。 歴史とは一人の英雄によって作られるものではなく、無数の人々の行動から成り立つものである。 この歴史観を明らかにするために、話の中心となる貴族の家庭から農民や一兵士にいたるまでの大勢の登場人物の行動によって、ナポレオンがロシアに侵入してきた時代を描きます。 トルストイの作品は登場人物がみな生きているのがすごい。 主要な登場人物のピエールを取り上げてみます。貴族の庶子であるピエールは、感じやすく、善徳や人類愛を夢想しながら、意志薄弱ですぐ酒に溺れてしまうような人。自分の内面にばかり没入して周りの人が見えていないし、そんなに清らかなのが良ければ嫁のことを云々する前に、自分が山にこもって滝にでも打たれればいいのに、などと私は思って同調はできないのです。 そんな人でも(すいません)ピエールが感じている精神と肉体と外界との不調和を、私が一瞬体感する場面があって、これだけでも読んで良かったと思いました。 トルストイの作品を読んでいると、作家本人が気になってしょうがないです。 『戦争と平和』を執筆したのは40歳前後ですが、後世に生きる私は、その後のトルストイの作品や生涯を知ることができます。本作でもピエールとアンドレイ公爵にトルストイ自身が投影され…

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『戦下のレシピ』『それってどうなの主義』斎藤美奈子

『戦下のレシピ』斎藤美奈子 戦前から戦中の食生活の変遷を、当時の婦人雑誌に掲載された料理記事を参照しながら追っていく本です。 多量の米(含む雑穀)に少しのおかず。それが基本だった庶民の食生活が、大正期以降、日本人の体位向上をはかるべく西洋式の栄養学がとりいれられて変わっていきます。 婦人雑誌が広めたのは二つの概念です。ひとつは前述の「栄養学」、もうひとつは「家庭料理イデオロギー」です。手作りの料理は母の愛情のあかしという、いわゆる手作り神話ですね。 ものがなくなった戦中にも、やけに手間がかかったあやしげなレシピが登場するのは、そんな背景があるのかと妙に納得します。 飢えて植物の根まで掘って食べた、なんて話を一般的に聞いたりしますけど、もっと具体的に、配給される物の量が減り、品質も劣悪になり、家畜の餌にしかならないような生大豆粉や魚粉を使ったり、どんぐりを利用するに至る経緯を見せられると、「食糧がなくなることが戦争なのだ」という斎藤美奈子の言葉が胸に突き刺さってきます。 『それってどうなの主義』斎藤美奈子 こちらはあちこちに掲載されたエッセイなどをまとめたものです。 朝日新聞の迷走ぶりや、メディアの中にしかないバーチャルな日本語(吹き替えや翻訳で登場する「~だわ」「~てよ」などの、今で言う「おねえ言葉」)へのつっこみが楽しいです。 でもこの人は時事問題より文芸関係のほうが面白いし、ひとつのテーマで一冊になった本のほうがインパクトがあるかなと思います。

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『合葬』杉浦向日子

合葬 (ちくま文庫)杉浦 日向子筑摩書房 1987-12by G-Tools 私は幕末から明治にかけての動きにあまり詳しくありません。明治維新という勇ましい響きや、現代でドラマティックにさわやかに描かれる幕末のあれこれに、抵抗とまではいかないけれど、なにかひっかかりがあって、積極的に知ることをしなかったのです。 維新という言葉に、過去を全て否定するような響きを感じ取ってしまうのかもしれません。 で、この漫画は、旧幕臣らで結成された彰義隊と新政府軍との戦いである上野戦争を背景にしています。しかし描かれるのは英雄でもロマンでもなく、彰義隊にかかわった若い人たちです。彼らの立場や心情が美化されすぎず、うそなく表現されているのがよかった。 最後のコマに「かくて江戸は過ぎ、遠のいて行く」とあるのですが、こういう受けとめかたのほうがしっくりときます。

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『夕凪の街 桜の国』『蟲師』

『夕凪の街 桜の国』こうの史代  広島で被爆した女性や被爆二世の日常を描いた漫画です。思ったより薄い本で何気なく読んだのですけど、非常に胸を打たれてしまいました。戦争があった、原爆が落とされたと知ってはいても、それを皮膚感覚で感じとることは難しいのです。ここに描かれていることは、悲惨な事実の結果のある一面にしか過ぎないのかもしれません。でも心に直接働きかけてくるようなパワーがある漫画だと思いました。 『蟲師』漆原友紀 2巻まで読みました。これは世界観というか雰囲気に入りこむ漫画。展開が時々「ん?」となることもありますけど、私はわりと好きです。蟲と人とはものすごく遠くで連なるものだけれども、双方の間の溝はとても深いのですね。そのあたりでいろいろとあるのかな? 続きも読んでみます。

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『北京海棠の街』加藤幸子

北京海棠の街 太平洋戦争が終わる年、国民学校三年生の佐智は北京にいた。現地で中国人から接収された「日本宿舎」に住み、庭にそびえるペキンカイドウの枝の上からは美しい街が見下ろせる。 やがて終戦をむかえるが、宿舎は「日俘管理処」となり、中国国民党軍が宿泊するようになる。 終戦後、父親が中国に残る事になった佐智は国際学校に通う。英語もできず、自己主張もしない彼女は孤立していくが、それを変えたのはコリアンの宋梅里だった。親友になった二人であったが、佐智の一家に帰国命令が出される。 著者(1936年生まれ)の中国体験を基本にした小説だそうで、終戦から引揚船で日本へ帰国するまでの二年間を描きます。 戦地へ赴く駐屯地の日本兵。国民党軍の中国兵。日本名を強制され家族を傷つけられて、日本人である佐智を快く思わない同級生。これらの人々と関わるなかで彼女は、個人と個人の繋がりの間にある戦争の爪跡、幼く経験がないゆえに相手に共感できないもどかしさなどを、皮膚感覚で感じ取っていきます。 一人の少女の目を通した波乱含みの日常が淡々とつづられ、戦争によって損なわれるものを声高に主張するのではなく、どこまでも静かな問いかけになっているところが好ましく思いました。

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