『歪み真珠』山尾悠子 ほか

歪み真珠作者: 山尾 悠子出版社/メーカー: 国書刊行会発売日: 2010/02/25メディア: 単行本 山尾悠子を読むのはこれで二冊目です。 以前に読んだ『ラピスラズリ』は小説世界を把握するのに時間がかかったけれど、最後におおっ! という情景にたどりつきます。 『歪み真珠は』15の掌篇を集めたもので、その中の「ドロテアの首と銀の皿」は『ラピスラズリ』の冬眠者に連なる話でした。 山尾悠子の作品は、言葉で組み上げた人工の美の世界だなあと思えます。強く吹きつける風や流れ去る雲、刻々と変化する野の景色も絵画の中に存在するようです。もちろん色彩や動きが感じられるわけですが、同時に静けさもあるのです。 会話が途切れた一瞬の静寂を「天使が通った」なんて言いますね。その感覚に近いです。 ときどき滲み出るユーモアはいいなあ。男前の聖アントワーヌがどんな誘惑を? とまわりが妄想を逞しゅうする気持ちはわからないでもないです。 ほかにはヴィクトル・ペレーヴィンの『宇宙飛行士オモン・ラー』がよかったので、未読だった『眠れ』と『虫の生活』も勢いで読みました。 『オモン・ラー』は、憧れていた宇宙飛行士になったオモンは月への飛行を命じられ、月面走行車に配属されるが…と言う話。ソ連という体制の不条理が背景にあるけれど、ばかげたことは別にソ連に限ったことではないし、そういう中での少年の成長小説として面白かったです。 『眠れ』は人間以外の存在の視点で日常を異化したような話が印象に…

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『あやめ 鰈 ひかがみ』松浦寿輝

あやめ 鰈 ひかがみ (講談社文庫)作者: 松浦 寿輝出版社/メーカー: 講談社発売日: 2008/10/15メディア: 文庫 年の暮れの東京の、とある一夜の出来事を描いた三つの物語。 最初の話「あやめ」の主人公が車にはねられていきなり死ぬんですよね。でもまた立ち上がり歩き出します。 彼の日常が続いていくようでいて、もうこの瞬間から異界に横すべりしています。 「あやめ」「鰈」「ひかがみ」はそれぞれ独立した話ではあるけれど、場所や人、さらには言葉にしのばせた意味が交錯していて、その環のような世界に捕りこまれてしまいました。 今目に見えている現在と過去の記憶の輪郭がぼやけて、いつともいえぬ時をさまよう三人の男の話の背後には、うらぶれた路地とか、時の流れから切り離されたようなまちの気配が感じられます。 『もののたはむれ』もそうだけど、くねくねと歩きながら自然と浮かんでくる想念に身を委ねる、そんなシチュエーションに街の匂いが重なるような話が私は好きなのです。

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『幻談・観画談』幸田露伴

「幻談」 釣り好きの侍と船頭が海上で遭遇した不思議とは…。 「観画談」 心身を病んで保養の旅に出た苦学生が、寂れた寺で一枚の絵に出合う。 収録されている五編の中では、表題にもなっているこの二つの作品が特にいいです。 飄逸ともいえる語りに乗せられて、釣りの薀蓄とかぼろっちい山寺の様子を読んでいるうちに、いつしか景色は空の明るさが海へ溶け込むような薄闇へ、又はどしゃぶりの雨の中の草庵へと移り変わり、こちらとあちらのあわいへ、現実と超現実の境に立つ瞬間へ到達します。 話の筋なんて地味なんですよ。でも言葉のひとつひとつが生み出す運動に身を委ねる心地よさがあって、語りの力の凄みを感じます。 感服。 幻談・観画談 他三篇 (岩波文庫)

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『緑のヴェール』ジェフリー・フォード

緑のヴェール貞奴 金原 瑞人 谷垣 暁美 国書刊行会 2008-06by G-Tools 『白い果実』、『記憶の書』ときて、いよいよ完結編です。 読み終えて思うに、これらの物語には、あんまり深い意味はなくて、クレイたちの冒険の一瞬一瞬を楽しめればいいのかも知れません。 そういえば前作に登場した美女アノタインは、過去と未来の間にある、今この瞬間、という時間の研究をしていました。 で、『緑のヴェール』はクレイと犬のウッドが〈彼の地〉を旅する物語と、ミスリックスというキャラが崩壊した理想形態市で過ごす物語のふたつが語られていきます。 雰囲気も軽やかなファンタジーという感じで、クレイが〈彼の地〉で出会う生き物や出来事も、ユーモアというより失笑もののバカバカしさと、強烈なイメージ喚起力があります。 もうね、植物動物? 植物人間? なのかよくわからないけれど、木の姿をした緑人とか、薔薇色で肉桂の香りがする山猫とか、字面で登場しただけで、何もない背景に鮮やかな色彩が広がっていくようです。話自体はどうなのよと思わないでもないけれど、読んでいる間はえらい楽しいのでありました。

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『ラピスラズリ』山尾悠子

ラピスラズリ山尾 悠子国書刊行会 2003-10by G-Tools 『白い果実』を読んだら、芋づる式に山尾悠子に辿りつきます。あの文体と金原瑞人の訳者後記が、すごいでしょう? 彼女の本を読んでみたいでしょう? とばかりに興味を煽ります。 深夜営業の画廊に展示された三枚組みの銅版画。秋の終わりから主たちが冬眠する館と思われる一連の絵から、その絵の内部へと誘われるように物語に迷い込みます。 これですね、銅版画のタイトルに示された内容が形を変えて語られるわけです。はっきりと意味をつかめないまま、おぼつかない足どりで最後の「青金石」までやってくると、急に視界の霧が晴れて、物語の中心部に立っていることに気づきます。ラピスラズリの青が目に染みます。 レンガをひとつひとつ積むかのごとく、精緻に綴られた言葉の数々によって、途方もないものを見せてくれる本でありました。

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『シャルビューク夫人の肖像』ジェフリー・フォード

シャルビューク夫人の肖像田中一江 ランダムハウス講談社 2006-07-20by G-Tools 成金相手に肖像画を描いているピアンボは、シャルビューク夫人から肖像画の制作を依頼されます。高額の報酬を提示された彼は、この仕事がうまくいけば、金の心配をせずに自らの芸術を追うことが出来ると考え引き受けることに。ところが夫人は屏風の向こうから姿を見せず、夫人の語る声や内容から姿を想像して描けというのですが…。 夫人の語る奇妙な過去に魅了され幻惑されてしまいます。雪の結晶から隠された意味を読み解き未来を占う父の仕事。父の死後、自身も預言者として財を成したこと。 そんな夫人とかかわるピアンボの周囲に不審な出来事が起こり始めるという趣向もあって、ミステリー色もあります。私はちりばめられた幻想的なイメージに肩まで浸かっていい湯だな、という気分で読み終えました。 ジェフリー・フォードの書くものって、まじめなのかふざけているのか、境が不明ですよね。そのあたりが非常に私の肌に合います。

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