『壊れても仏像 文化財修復の話』飯泉太子宗

壊れても仏像―文化財修復のはなし作者: 飯泉 太子宗出版社/メーカー: 白水社発売日: 2009/05メディア: 単行本 著者は財団法人美術院国宝修理所のスタッフを経て、現在はNPO法人を主宰し仏像の修復活動を行っています。 実際に修復に携わる立場から、修復の過程や文化財をとりまく状況を紹介しています。 仏像の素材と構造、どんな風に壊れそして修復するのかを、プラモデルなど身近なものと比べながら、くだけた文章でわかりやすく解説してあります。仏像を眺めるのは好き、でもそんなに知識はない私でも楽しめる本でした。 古い仏像は今に至るまでに何度も修理を受けていて、造られた当初とは姿が変化しているものも多いとか。 広隆寺の弥勒菩薩半跏像は、全身に金箔が貼られていたものが、表面が剥がれ落ちて骨格の部分がむき出しになっていて、今ではその状態が鑑賞され賞賛されているそうです。 他にも立像の痛んだ下半身の部分が切断されて、坐像に変えられていたなんてユニークなものもあります。 仏像を実用品と見るか、美術品として見るかで修理の仕方も変わるのは興味深いです。 仏像を信仰の対象として見る側は、金箔や彩色を施し見栄えがするように修理したい、しかし文化財や美術品として見るならば、古いものを新品のようにしてしまうと価値が損なわれてしまいます。著者が修復するときは、古いままにしておく「文化財修理」をすすめるそうですが、どちらかが絶対に正しいというものではない悩ましい問題なのはわかります。 そ…

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『見仏記 親孝行篇』いとうせいこう みうらじゅん

見仏記 親孝行篇いとう せいこう角川書店 2002-11by G-Tools 四冊目の見仏記です。 だんだんと心のおもむくままに旅をする状態に近くなり、寄り道も多いのですが、それもまた楽し、ですね。 「親孝行篇」と銘打つだけあって、双方のご両親を交えた見仏も収録されています。 いとう氏一家+みうら氏の奈良への旅はしみじみと。 みうら氏一家+いとう氏の新潟への旅は、お母様のルーツ探しが目的の一つですが、見仏も忘れてはいません。即身仏を見に行ってしまいます。 親孝行という気恥ずかしさと微笑ましさの中で、どちらの旅もほのかに感傷が見えて、ああその気持ちはわかるなあ、なんて思ってしまいました。 いわゆる湖東(滋賀県のあたり)や小浜(福井県)には、いい仏像がたくさんあるらしく、お二人は夢のような時を過ごします。その感動と仏像への愛情が、「参仏」という新たな夢に繋がっていくのですね。 9月17日追記 見仏記の第5弾・ゴールデンガイド篇がweb KADOKAWAで読めます。 orikuchiさんより情報をいただきました。

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『見仏記2 仏友篇』いとうせいこう みうらじゅん

見仏記〈2〉仏友篇 (角川文庫)いとう せいこう角川書店 1999-01by G-Tools 北は佐渡から南は四国まで、お馴染みのお二人の見仏記録です。 お寺巡りというよりも、ほとんど収蔵庫巡りのようになっているのは仕方ないのでしょうかね。 で、登場する仏像の中で、私が激しく心奪われてしまったのがこれです。 松岡山 東慶寺(鎌倉)の水月観音菩薩半跏像 水面に映る月を眺めるお姿がうつくしー。 ミニチュアが欲しいー。 観音さまは本来無性で、見る人によって男にも女にもとれるわけですが、上のサイトの説明文には、鎌倉の美女の代表、なんて書かれています。実物を見ていないのでわかりませんけど、私には男に見えます。 男の二人旅について、いろいろと誤解を受けてしまうと嘆いているのに笑いました。男二人だと主従の関係か同性愛者、という切り口しかないのも変な話です。百けん先生とヒマラヤ山系氏も二人旅、水曜どうでしょうは・・・四人だな。解決策は男二人旅を流行らせて、それを一般化するしかないですね。でも「社会的にはどう見えるか」なんて気にかかるのが、男性というものなのかもしれません。

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『見仏記3 海外篇』いとうせいこう みうらじゅん

見仏記〈3〉海外編 (角川文庫)いとう せいこう角川書店 2000-08by G-Tools 韓国、タイ、中国、インド。 仏教伝来逆ルートツアーと銘打った、お二人の過酷な旅の記録です。 降りそこなえばモンゴル行きの寝台車に、現地のコーディネーターによって二人きりで乗せられるのも、インドで往復16時間、最高気温50℃の炎天下をドライブするのも、ひたすら仏像を「見る」ためなのです。 国民性や地域性のなせる業なのか、ひとくちに仏像といってもかなり違いますね。 韓国では派手な色彩の仏像と仏画に驚きます。 タイの寺では徹底的にブッダが強調され、遺跡では戦乱の時を経た仏像たちが静かにそびえているのを感慨深く眺めます。 中国では儒教や道教も混じった多様性のある仏像たちに出会います。 そしてインドの博物館では、ヒンズー教やジャイナ教の像の中に、日本の仏像造形のルーツを発見するお二人なのでした。 釈迦が偶像崇拝はだめよ、と言っても民衆は具象のほうが解りやすいし、そこにストーリーをも求めていくのですね。巨大仏や中国のあやしいからくり仏像はその最たるものなのかしらん、などと無知な私は思ったのですが。

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『見仏記』いとうせいこう みうらじゅん

見仏記 (角川文庫)いとう せいこう角川書店 1997-06by G-Tools なにやら仏像祭りの様相を呈してきました。 京都出身で小学生の頃から仏像鑑賞をし、スクラップブックまで作っていたみうらじゅんと、仏友であるいとうせいこうの、仏像を見る旅の記録です。 絵・みうらじゅん、文・いとうせいこう。 東北から九州まで、仏像があるならどこまでもといった様子ですが、直感型のみうらじゅんワールドと、分析型のいとうせいこうワールドが互いに補完しあっていて面白いんですよね。 「仏像は本来、御堂と一緒に楽しむもの」というみうらじゅんの意見には私も賛成です。 大分県富貴寺の阿弥陀如来像に対するコメントがいい。 富貴寺の本尊阿弥陀如来像は、素浪人が住みついてるよーなお堂の中でポツンと一人で坐ってた。瞑想とはこうあるべきだとボクは思った。 形あるものは全て滅びると釈迦は言った。この阿弥陀如来像はボクが死んでも座っているのだろうか? しかし仏像が国宝や重要文化財に指定されると、法律によって丈夫な収納庫に入れなければならないのですね。場合によっては本堂に置けず、移動しなければならない。 瀬戸内寂聴が『ぶつぞう入門』の柴門ふみとの対談で、 「昔はすぐそばで仏像が見られた。今はガラスケースに入れるため、生きた花が置けない。だから造花である」 というような発言をしていました。 お役所の介入や信仰のあるなしで、仏像に対する見方も変わっていくものです。

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『ぶつぞう入門』柴門ふみ

ぶつぞう入門 (文春文庫)柴門 ふみ文藝春秋 2005-08-03by G-Tools 漫画家の柴門ふみが、京都、奈良、鎌倉、東北と、全国のありがたい仏像を拝み倒します。 瀬戸内寂聴との対談もあわせて収録。 著者の絵と文、石井亜矢子の仏像解説、そして歴史度、技巧度、芸術度、サイモン度で仏像をそれぞれ五段階評価しています。 サイモン度は文字どおり著者の好みをストレートに反映したもので、専門家の評価とは違います。基準は「好き嫌い」で、著者の好きな仏師は運慶だそうな。 仏像に限らず絵でも何でも、自分の感覚を大切にして鑑賞すればいいのだと思います。知識は後からついて来る。 それと私の場合「仏像」への関心というよりも、庭や仏像も込みの空間、つまり寺社そのものの佇まいが好きなのかもしれん、と読みながら思ったのでした。

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