『人魚とビスケット』J・M・スコット

人魚とビスケット (創元推理文庫)作者: J.M. スコット出版社/メーカー: 東京創元社発売日: 2001/02メディア: 文庫 人魚へ。とうとう帰り着いた。連絡を待つ。ビスケットより。 ビスケットから人魚への呼びかけ、それに応答する第三の人物ブルドッグ。 新聞の個人広告欄で始まった奇妙なやりとりには、過去の漂流事件の謎が秘められていた…。 ロマンチックな想像がふくらむタイトルと、導入部の個人広告は並外れた吸引力があります。 小さなゴムボートで海上を漂流する男女の物語は、飢えと渇きの肉体的な苦しみに加えて、極限状態に置かれて生き延びるために協力したり、牽制したり、閉じた人間関係の緊張とそれがはらむ狂気が念入りに描かれています。 現代のサスペンスのようなどぎつさがなくて、おとなしく感じるかもしれません。でも「人魚とビスケット」という言葉が喚起する、おとぎ話のようなイメージが漂流譚を包む雰囲気はけっこう好きです。

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『どぶどろ』半村良

どぶどろ (扶桑社文庫―昭和ミステリ秘宝)半村 良扶桑社 2001-12by G-Tools 表題作「どぶどろ」の主人公である平吉の心中を察すると、非常にやるせないです。ラスト近くで平吉がある人に向かって叫ぶ言葉は、平吉の言葉というよりも、ニヒリズムを打ち砕く、神の言葉であるように感じました。 あまり内容を詳しく紹介しないほうがいいかなと思い、いきなり感想を書いてみました。江戸の庶民の暮らしと、その喜び悲しみが胸に沁みます。 人から借りた本なんですけど、「ミステリーぽい時代小説。岡っ引きみたいな人が出てくるよ」と説明されました。 で、本の中で担ぎ売りのところてん屋だとか、夜鷹蕎麦が出てきます。 もうね、私の脳内では、その全てが同一人物の変装した岡っ引きという妄想が展開されてしょうがなかったです。ぜんぜん違うだろう。トンデモ時代劇なのか。多羅尾伴内なのか。

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『かぼちゃケーキを切る前に』リヴィア・J・ウォッシュバーン

かぼちゃケーキを切る前に (ランダムハウス講談社 ウ 3-2 お料理名人の事件簿 2) (ランダムハウス講談社文庫)赤尾 秀子 ランダムハウス講談社 2008-06-10by G-Tools 『桃のデザートには隠し味』に続く、シリーズ第2弾です。 キャロリンの知り合いに頼まれ、小学校の秋祭りを手伝うことになったフィリス。チャリティー・オークションに出品するデコレーションケーキと、ヘルシー・スナック・コンテストのためのお菓子づくりに腕を振るいます。しかし秋祭りの当日、校内では事件が起きて…という話。 このシリーズ、殺人事件は起きるけれど、それ以外は日常生活に密着した内容です。なので、日本との習慣や感覚の違いを感じるのが面白かったりします。もちろん共通したところも。 小学校の秋祭りは、こちらで言うところの、いわゆるPTAの活動であり、資金集めの場でもあるわけです。本ではPTO(保護者教師機関)となっています。 みんなPTOの役員になりたがらないし、ましてや会長なんてなおさらだ、というのはいずこも同じですね。会議でのもめごとや、気まずい空気には、苦笑がもれてしまいました。 フィリスが作るのは、ハロウィンのかぼちゃランタンの形を模したケーキです。 私は生地にかぼちゃが入っていると思ったのですが、1グラムたりとも入っていませんでした。かわりに着色料が入っています。そりゃあ着色料だと鮮やかなオレンジに発色するだろうけど……。表面に塗るのは、砂糖とバターなどを合わせたフロスティン…

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『桃のデザートには隠し味』リヴィア・J・ウォッシュバーン

桃のデザートには隠し味 [お料理名人の事件簿1] (ランダムハウス講談社 ウ 3-1 お料理名人の事件簿 1)赤尾秀子 ランダムハウス講談社 2007-12-01by G-Tools テキサス州の小さな町に住むフィリスは、元歴史科の教師で未亡人。現在、自宅を下宿にして、友人をはじめとする退職した教師ばかりに部屋を貸しています。フィリスにとって、町で開かれるピーチ・フェスティバルのハイライトは料理コンテスト。今年こそ優勝するぞ、と意気込んで参加したフィリスでしたが、彼女の作ったピーチ・コブラーを口にした審査委員長が急死して…という話です。 料理バトルがもっとバリバリに繰り広げられるのかと思っていたのですが、料理ばかりが突出しているのではなく、老人たちの日常や事件の謎解きがバランスよく配置されたコージー・ミステリでありました。 フィリスの作るのは、田舎のあたたかい家庭料理という感じ。下宿人で料理のライバル、キャロリンの作るお菓子は、見た目にも華やかさがあって、コンテストで二年続けて優勝するのも頷けます。 ふと思ったのは、主人公フィリスの人物像、家庭像は、アメリカ人が想像する健全さを反映させた健全さ(わかりにくくてすみません)なのかなあと。元教師という経歴もあるけれど、ちゃんと礼拝にも行って、礼儀正しい息子がいて、寛容で。大統領選になるとアピールしまくる、善き父善き母像と同質のものを感じます。 フィリスたちに男性のマチスモ的な振る舞いを皮肉らせながら、優しくて理解がある紳士を登場させ…

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『ウォッチメイカー』ジェフリー・ディーヴァー

ウォッチメイカー池田 真紀子 文藝春秋 2007-10by G-Tools リンカーン・ライムシリーズの七作目です。 犯行現場にアンティークの置時計を残す犯人・ウォッチメイカーとライムの頭脳戦。そしてサックスが掛け持ちする別の事件には、ニューヨーク市警の汚職が絡んでいるようで…。と、いつのもごとく怒涛の展開です。 シリーズが長くなるとどうしてもマンネリ化してきます。ライムとサックスの関係に波紋を投じても、どうせ納まるところに納まるんでしょ、と思ってしまいますし。 今までも人物を昇進させたり、新人を加えたりして人間関係を更新してきたけれど、今回は新機軸を打ち出しましたね。 尋問とキネシクス(証人や容疑者のボディランゲージや言葉遣いを観察し分析する科学)のエキスパートであるキャサリン・ダンスが登場します。 物証が全てだ、さあさあさあどうだ、というライムの見方が大勢を占める本の雰囲気に、新味が出ました。 でも考えたらマンネリだ何だと言われても、五百ページ二段組のボリュームをがーっと読ませるのは大したものです。

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『遠まわりする雛』米澤穂信

遠まわりする雛米澤 穂信角川書店 2007-10by G-Tools 古典部の面々の一年間を描いた短編集です。 『氷菓』も『愚者のエンドロール』も未読なのに、シリーズの四作目を読んでしまいました。 ミステリーが苦手といいつつ、この人の本を読んでしまうのは、べたべたしていなくて苦味がある青春小説としても楽しめるからなんだろうと思います。 本の中の言葉を借りれば、奉太郎の推理の部分は「そんなん知らんがな」の世界なんですよ、私にとっては。 なんですが、本当の謎は、なぜそうするのか? という人物の心情に繋がっていたりするのですよね。 理屈をこねくり回して、つまらんポリシーに拘泥する奉太郎が、今まで知らなかった感情や、自分を包む、より広い世間を感知して内面に揺さぶりをかけられる。そんなところに微笑せずにはいられないのです。

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