『人魚とビスケット』J・M・スコット

人魚とビスケット (創元推理文庫)作者: J.M. スコット出版社/メーカー: 東京創元社発売日: 2001/02メディア: 文庫 人魚へ。とうとう帰り着いた。連絡を待つ。ビスケットより。 ビスケットから人魚への呼びかけ、それに応答する第三の人物ブルドッグ。 新聞の個人広告欄で始まった奇妙なやりとりには、過去の漂流事件の謎が秘められていた…。 ロマンチックな想像がふくらむタイトルと、導入部の個人広告は並外れた吸引力があります。 小さなゴムボートで海上を漂流する男女の物語は、飢えと渇きの肉体的な苦しみに加えて、極限状態に置かれて生き延びるために協力したり、牽制したり、閉じた人間関係の緊張とそれがはらむ狂気が念入りに描かれています。 現代のサスペンスのようなどぎつさがなくて、おとなしく感じるかもしれません。でも「人魚とビスケット」という言葉が喚起する、おとぎ話のようなイメージが漂流譚を包む雰囲気はけっこう好きです。

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『レベッカ』デュ・モーリア

モンテカルロでヴァン・ホッパー夫人のコンパニオンをしていた主人公は、イギリスに邸宅をかまえる貴族のマキシムに見初められ、後妻に迎えられます。 森と海と咲き誇る花に囲まれた大邸宅マンダレー。しかしそこで主人公を待ち受けていたものは、海難事故で死亡した才色兼備の先妻レベッカの、いまだに残る存在感でありました。 劣等感と嫉妬に苛まれ、主人公は次第に追い詰められていく…という話です。 予想以上にメロドラマでした。美しいマンダレーを覆うレベッカの影、重厚な雰囲気、そんなのを想像していたのですが、主人公の「わたし」の愚鈍なダメさ加減に、ひたすら注目させられました。 お金も教養もない未熟な若い女性が、大勢の使用人の上に立ち、社交もこなさなければならなくなったときに、自信がもてなくて萎縮することはあります。階級の差というのは私の考える以上に大きいのだろうとも。 でもでも「わたし」の空想癖と、後半に話が急展開してからも前半と同様の役立たずっぷりは相当なものですよ。 何かあるたびにこうなんだわ、ああなんだわ、と先のストーリーを勝手に空想する「わたし」なんですが、未熟であるがゆえに空想の中身も通俗的です。マンダレーに来てからも、ちょっと粗相をしてしまったときの対処が、まるでおねしょを隠す子供のようで、この愚鈍さはレベッカとは反対側にメーターの針が振り切れているぞと思わず感心。 レベッカもマキシムも家政婦頭のダンヴァーズ夫人も歪んでいるけれど、このヒロインもすごく歪んでいて、そこがよかったで…

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『ウォッチメイカー』ジェフリー・ディーヴァー

ウォッチメイカー池田 真紀子 文藝春秋 2007-10by G-Tools リンカーン・ライムシリーズの七作目です。 犯行現場にアンティークの置時計を残す犯人・ウォッチメイカーとライムの頭脳戦。そしてサックスが掛け持ちする別の事件には、ニューヨーク市警の汚職が絡んでいるようで…。と、いつのもごとく怒涛の展開です。 シリーズが長くなるとどうしてもマンネリ化してきます。ライムとサックスの関係に波紋を投じても、どうせ納まるところに納まるんでしょ、と思ってしまいますし。 今までも人物を昇進させたり、新人を加えたりして人間関係を更新してきたけれど、今回は新機軸を打ち出しましたね。 尋問とキネシクス(証人や容疑者のボディランゲージや言葉遣いを観察し分析する科学)のエキスパートであるキャサリン・ダンスが登場します。 物証が全てだ、さあさあさあどうだ、というライムの見方が大勢を占める本の雰囲気に、新味が出ました。 でも考えたらマンネリだ何だと言われても、五百ページ二段組のボリュームをがーっと読ませるのは大したものです。

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『エンプティー・チェア』ジェフリー・ディーヴァー

リンカーン・ライムシリーズの三作目です。 脊髄再生の治療を受けるため、ノースカロライナ州にやってきたライムが、殺人と誘拐事件に挑みます。容疑者は昆虫好きの十六歳の少年。ライムたちは証拠物件から少年の行方を割り出し、身柄を確保します。しかしアメリアは少年が無実だと感じて留置場から連れ出し、二人で逃走するのでありました。 舞台はアメリカ南部の小さな町。排他的で住民同士のしがらみもある、典型的な田舎町です。川を越えると湿地が広がり、そこは密造酒を売ったりドラッグを作ったりする者が入り込んで、まちの秩序が通用しないような空気が漂っています。 土地が陰気でアメリアのシリアスな面も強調されているんだけれど、展開は西部劇みたいな銃撃戦があったり、「相変わらずやってますなあ」とニヤリとするどんでん返しもてんこ盛りで、余計なことを考えずに楽しめました。

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『ボーン・コレクター』ジェフリー・ディーヴァー

被害者の周りに、次の犯行の手がかりを残しながら、次々と犯行を重ねる連続殺人鬼にライムが挑みます。 犯人との知恵比べ、リンカーン・ライムとアメリア・サックスの心の葛藤、ロマンス(というより同士という関係が近いかも)、警察組織内の主導権争いなどの要素を詰め込んだシリーズの1作目。 アメリア大暴れです。 「走ってさえいれば振り切れる」と胸のもやもやを置き去りにするように疾走し続け、ライムに毒づく彼女の姿がなんだか微笑ましいです。 そして傲岸不遜、超性格の悪いライム。人によって好き嫌いはあるかもしれないけれど、私はこれでいいです。逆に彼を傲慢だと切って捨ててしまう気持ちの中に、障害者は痛みを知っているから心が広くて優しいなんて幻想や、周りに世話をかけているんだから謙虚になるのが当然だという押し付けがありはしないか? と思うのです。突然身体が思うようにならなくなったことや周囲の妙な同情に怒りがわくことはあるだろうし、それを表に出す人間だっているだろうと。 あと、シリーズ初期のほうが猟奇度が高いですかね。『エンプティー・チェア』は未読ですが、あれよあれよという展開と刺激があるほうが好きな人には一作目、二作目がおすすめです。

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『12番目のカード』ジェフリー・ディーヴァー

12番目のカードJeffery Deaver 池田 真紀子 文藝春秋 2006-09by G-Tools 博物館に調べ物をしに来ていたハーレムの女子高生が、何者かに襲われる事件が発生します。捜査を始めたライムたちは、被害者であるジェニーヴァの先祖が関係した百四十年前の事件に注目するのですが…。 リンカーン・ライムシリーズの六作目です。 ジェニーヴァがまあ頑なで頑なで、警察側からすると「頼むから素直に警護されてください」って感じです。彼女にはそうするなりの理由があるのだけれど、ジェフリー・ディーヴァーの作品て時々すごく強情な人が出てきません? 骨がある、と褒めることもできますが。 今回は犯行現場に残された「吊るされた人」のカードの意味が全体を貫くテーマになっていて、ジェニーヴァやライム、殺し屋が抱え込む心の問題、ひいてはアメリカが抱える社会問題の描写に力が注がれていました。なので驚きを求める人にとっては物足りなく感じるのかも。 私は黒人の公民権運動や合衆国憲法の成立に関する話にふれることができたのは良かったです。 【関連記事】 シリーズ二作目『コフィン・ダンサー』 シリーズ四作目『石の猿』 シリーズ五作目『魔術師 イリュージョニスト』 短編集にもライムが『クリスマス・プレゼント』

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