少しずつ読むディーネセンの物語

本によってはイサク・ディーネセン、カーレン・ブリクセンなどいろいろ名義がありますが同一人物です。念のため。 『アフリカの日々』は良い作品ですが個人的にはあまりピンときませんでした。しかし書名に惹かれて手に取った『運命綺譚』にやられました。続けて読んだ『バベットの晩餐会』で決定的になりました。 聖書や神話がさりげなく配され、現実からはすこし浮遊した、おとぎ話のような雰囲気を漂わせる物語。けれど文章はとても理知的です。高まる緊張のなかにもユーモアがあります。そんなところが私の肌に合います。 芸術は人々を至福の時に導くだけでなく、人の奥底に眠る官能を呼び覚まします。 例えば禁欲的な信仰を持つ人にとってそれは危険なことだったりします。己の中にある何ものかに冷やりとさせられたり、規範を取り払われたりするのが真の芸術と言えるのかも。 真の芸術家の孤独な魂を描く物語でもあります。 もったいないので未読のものは少しずつ読もうかと思っています。しかし絶版が多いのよね…。 原書では『運命綺譚』に「バベットの晩餐会」も収録されているそうです。 あと『運命綺譚』と対になる『Last Tales』を翻訳して出してもらえませんか。 翻訳本の収録作品をメモ。 『運命綺譚』 「水くぐる人」「あらし」「不滅の物語」「指輪」 『バベットの晩餐会』 「バベットの晩餐会」「エーレンガート」 運命綺譚 (ちくま文庫)作者: カーレン ブリクセン出版社/メーカー: 筑摩書房発売…

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『アンナ・カレーニナ(4)』トルストイ

アンナ・カレーニナ〈4〉 (光文社古典新訳文庫)望月 哲男 光文社 2008-11-11by G-Tools 『アンナ・カレーニナ(1)(2)』『アンナ・カレーニナ(3)』の続きです。 全4巻、読み終わりました。 アンナとリョーヴィンは、この巻で初めて対面するんですね。すごく印象に残る場面でした。 『アンナ・カレーニナ』には二組の恋愛の行方を追う他にも、読み所がたくさんあります。 舞踏会や競馬などの上流階級のイベントの空気。登場人物の性格や立場を掘り下げたり、解説にあるように宗教なり経済(懐具合)なりのキーワードで場面を拾ってみるのも面白そうです。 思うにアンナって、結婚生活や社交界を向こうに回し、弱い立場に追い込まれながら純粋な愛に生きようとした悲劇のヒロインというわけでもないですね。自分の気持ちに正直でありたいというのはあっただろうけど、欲望にも正直だし、計算高いところもあります。 リョーヴィンも同じく気持ちに正直ですが、こちらは物事を頭で理解するというより、心と体を使ってのみこもうとします。くよくよくよくよ物を考え、他人の干渉にはカッとしたりむっとしたり、内面は忙しい人です。 彼は「信仰」の問題を胸の奥に抱えています。第8部でリョーヴィンの考えることや道徳観の全てに共感するということはないけれど、最後に彼が神と信仰の認識に至る場面には、きらっと光るものがありました。 よかったですトルストイ。他にも読んでみるかな。

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『幻談・観画談』幸田露伴

「幻談」 釣り好きの侍と船頭が海上で遭遇した不思議とは…。 「観画談」 心身を病んで保養の旅に出た苦学生が、寂れた寺で一枚の絵に出合う。 収録されている五編の中では、表題にもなっているこの二つの作品が特にいいです。 飄逸ともいえる語りに乗せられて、釣りの薀蓄とかぼろっちい山寺の様子を読んでいるうちに、いつしか景色は空の明るさが海へ溶け込むような薄闇へ、又はどしゃぶりの雨の中の草庵へと移り変わり、こちらとあちらのあわいへ、現実と超現実の境に立つ瞬間へ到達します。 話の筋なんて地味なんですよ。でも言葉のひとつひとつが生み出す運動に身を委ねる心地よさがあって、語りの力の凄みを感じます。 感服。 幻談・観画談 他三篇 (岩波文庫)

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『銀漢の賦』葉室麟

銀漢の賦葉室 麟文藝春秋 2007-07by G-Tools おおー、面白かったです。 かたや家老、かたや郡方の小役人。地方の小藩で、少年のころ同じ道場に通う友であった武士が、身分も隔たり、またある事件がもとで疎遠になっていたものの、お家騒動をきっかけに再びまみえることになる…という話です。 親の仇を討ち藩政を正そうという気概で家老にまでのぼった将監。飄々としていて実は情に厚い源五。それともう一人、百姓でありながらも勉学に勤しみ、身分を越えて二人の友であった十蔵。この三人の過去と現在を紐解いて、政争の背景から人物たちの善悪正邪を超えたところで動く心のありようまでを、鮮やかに描き出します。 こういうタイプの話にありがちな、気が利いた格言連発、感傷垂れ流しがないのがよかったです。作品内の自己陶酔ほど気持ち悪いものはないと思うので。 娯楽性もあるし、人物も堅苦しいだけではない軽みもあって、読後感がいいです。源五が憤慨しながら、将監宛ての長文の絶縁状を書く姿なんか目に浮かぶようですよ。

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『幸田文 ちくま日本文学』

幸田文 [ちくま日本文学005] (ちくま日本文学 5)幸田 文筑摩書房 2007-11-20by G-Tools おうっ。収録作のひとつ「みそっかす」の眼差しの厳しさに打たれます。優れた姉と跡取りである弟の間に生まれたみそっかす。そういう寂しさと僻んだ心を引きずって、周りを眺めた少女時代の記憶が綴られています。おばあさんや生母の姉のオバ公さん、やがて来る父の後妻、そういった自身に連なる人々の像が強烈にたちあがります。そのなかで父と継母の不和がもたらす家庭内の緊張、家族の間の距離とそれぞれの孤独を書いたところなど、こちらが居たたまれなくなるぐらいです。真剣を振りかぶって斬り込むような向き合い方で、おうっ、うむう、と唸っちまいました。同時に自身の我の強さが人に与える影響や、大人になって思いやれる継母の気持ちにも触れていて、もの悲しさが漂います。 女の一代と喪服の一代を絡めて描く「黒い裾」も印象に残ります。 黒い色がぐいぐいと押してくる強さを、和服の持つ繊細さが包むような感触がある話でした。

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『バルタザールの遍歴』佐藤亜紀

バルタザールの遍歴 (文春文庫)佐藤 亜紀文藝春秋 2001-06by G-Tools あらー、面白かったです。もっとお耽美な小説かと誤解してました。 ひとつの肉体を共有する双子、メルヒオールとバルタザールの物語です。大戦間近のヨーロッパで、ウィーンの没落しつつある貴族の跡取りとして生まれた彼らが、自らの放蕩と叔母の策略、その他もろもろの理由から、大変な勢いで落ちぶれていきます。 女に逃げられてめそめそするのも、肉体から抜け出し非物質的実体となって歩き回ったりする荒唐無稽さも、等しく距離をおいた視点で描かれていて、この突き放したような感じがたまらなくいいです。 愛想がないぐらいさらっとした書きぶりが、かえってユーモアを生み出し、双子の遍歴から時代の社会情勢や土地土地の風景を見渡せるなんて、ひたすら拍手です。

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