『歪み真珠』山尾悠子 ほか

歪み真珠作者: 山尾 悠子出版社/メーカー: 国書刊行会発売日: 2010/02/25メディア: 単行本 山尾悠子を読むのはこれで二冊目です。 以前に読んだ『ラピスラズリ』は小説世界を把握するのに時間がかかったけれど、最後におおっ! という情景にたどりつきます。 『歪み真珠は』15の掌篇を集めたもので、その中の「ドロテアの首と銀の皿」は『ラピスラズリ』の冬眠者に連なる話でした。 山尾悠子の作品は、言葉で組み上げた人工の美の世界だなあと思えます。強く吹きつける風や流れ去る雲、刻々と変化する野の景色も絵画の中に存在するようです。もちろん色彩や動きが感じられるわけですが、同時に静けさもあるのです。 会話が途切れた一瞬の静寂を「天使が通った」なんて言いますね。その感覚に近いです。 ときどき滲み出るユーモアはいいなあ。男前の聖アントワーヌがどんな誘惑を? とまわりが妄想を逞しゅうする気持ちはわからないでもないです。 ほかにはヴィクトル・ペレーヴィンの『宇宙飛行士オモン・ラー』がよかったので、未読だった『眠れ』と『虫の生活』も勢いで読みました。 『オモン・ラー』は、憧れていた宇宙飛行士になったオモンは月への飛行を命じられ、月面走行車に配属されるが…と言う話。ソ連という体制の不条理が背景にあるけれど、ばかげたことは別にソ連に限ったことではないし、そういう中での少年の成長小説として面白かったです。 『眠れ』は人間以外の存在の視点で日常を異化したような話が印象に…

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『ローマ亡き後の地中海世界』塩野七生

パクス・ロマーナの時代が終わると、北アフリカは徐々にイスラム化され、ヨーロッパの沿岸地域はイスラム教徒による海賊に襲われるようになります。破壊と掠奪が行われ、拉致された人々は奴隷にされます。 7~18世紀ごろまでこの状態が続いていたことに驚きます。やれ十字軍だルネサンスだと騒いでいたころも、ヨーロッパの名もない人々が鎖に繋がれて海賊船の漕ぎ手をさせられたり、奴隷として北アフリカに送られていたのですね。 キリスト教のヨーロッパ諸国はイスラムに脅威を感じていながらも、ヨーロッパでの内向きの勢力争いに忙しく、積極的に海賊排除に動かなかったように思えます。地位もお金もない人が連れ去られても事件にならないでしょうし。 ただ、アラブvsヨーロッパ、イスラム教徒vsキリスト教徒のような、大きな括りの攻防の影に、軍事力によらない奴隷救出活動を続けていた団体もあったそうな。 千年あまりの時間と広い地中海世界を描くので、概略になってしまうのは仕方ないかな。 前述の救出団体の話やマルタ島の攻防、スルタン・ムラード三世の生母になるヴェネツィア貴族の娘チェチリアなどの人の物語になると面白いです。 執筆にあたって著者は「地中海の真中から前後左右を見ている感じ」と述べています。でも塩野七生はローマ世界やコスモポリタン的な考えに価値を置いている人だと思うので、そのへんは頭に入れて読む必要はあります。 ローマ亡き後の地中海世界 下作者: 塩野 七生出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2009/…

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『オルメードの騎士』ロペ・デ・ベガ

オルメードの騎士 (岩波文庫)作者: ロペ・デ ベガ出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2007/08メディア: 文庫 スペインの劇詩人ロペ・デ・ベガ(1562~1635)による戯曲です。 オルメードの騎士ドン・アロンソは、メディーナの町で美しい娘ドニャ・イネースを見初め、魔女ファビアに恋の取り持ちを頼みます。二人の気持ちは通じあいますが、イネースに恋する騎士ドン・ロドリーゴはアロンソに嫉妬し殺意を抱くのでありました。 ロペ・デ・ベガはシェイクスピア(1564~1616)と同時代に生きた人なんですね。スペインとイギリスで国は違えど、様々な階級の人が集まって一つの舞台を楽しむ演劇が盛り上がっていた頃なのでしょうか。 『オルメードの騎士』は話の筋は単純ながら、恋の情熱やアロンソの従僕テーリョの道化ぶり、そして悲劇の予感に、観客が喝采したりやきもきしたんだろうなあなんて思います。 ほぼ詩劇である原文のリズムを生かした翻訳で、読んでいるとリズムに乗ってくるのです。例えばアロンソがイネースを見初めた時のことを語る長い詩は、リボンで結い上げた巻き毛、胸元の襟にやった手首の白さ、フランス風の派手なスカートに重ねた地味な青緑のスカート、はきものの結びひも…と彼の視線の動きが感じられて、ニヤニヤしてしまいました。

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『渡りの足跡』梨木香歩

渡りの足跡作者: 梨木 香歩出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2010/04メディア: 単行本 北海道は屈斜路湖の風景を上空から見下ろし、女満別空港に降り立つところからエッセイが始まります。 知床やカムチャツカなどの渡り鳥の飛来地を巡り、今いる場所を離れて彼方へと渡る鳥たち、そして人間たちに思いを馳せます。 私はこの本に図説はいらない派。確かに渡りのルートを示した図や鳥の写真があれば一発です。でもでも肝心なのは想像することではないかしら。知りたければ地図を開けよ。三月末の知床の冴え冴えとした空気に身を浸しながら、オオワシの視点になってみよ。なんて思います。 主な鳥についての註がちゃんとあって、大きさなどの簡単な説明の他、著者の目を通した鳥の印象が付け加えてあります。ユーモアのある記述から鳥を想像し、改めて自分で調べる楽しみもありますよ。 いろんな場所に足を運び、多くの人に会い、様々な書籍を読んで、人々の歴史に一歩一歩近づいて思いをめぐらす。そんな著者の姿勢を感じながら読みたい本です。

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バルザックとコッパードを読了

小説を読む気にならなくて、新書をつまんだり日本の古典の再読などをしていました。少し気分が変わってきたので、短編集をぽつぽつと読んでいます。光文社の古典新訳文庫にはケチをつける人もいるけれど、気軽に手にとれるのはいいと思いますよ。 『グランド・ブルテーシュ奇譚』バルザック バルザックの長編をそのうち読むつもりです。その前に短編に挑戦。四つの短編とエッセイを一つ収録。 いいなあと思うのは表題作と「ファチーノ・カーネ」 「グランド・ブルテーシュ奇譚」は貴族の館で起きたある事件の話。ゴシック小説のような雰囲気があります。 「ファチーノ・カーネ」は盲目の老楽士の告白。黄金への欲望と憂愁に閉ざされた半生が語られ、幻想に迷いこみます。 余談ですが、うつらうつらしながら眺めていた年譜に、浮き名を流したご夫人がたの名前がずらっと出てきて、一気に目が覚めました。 『天来の美酒/消えちゃった』コッパード この人の短編はどこへ向かうのか読めないです。「消えちゃった」と「レイヴン牧師」の幕切れには、え? となります。 本全体の印象は、登場人物がやっている事や会話はどこか抜けたようなおかしみがあり、悲劇性を備え、場面描写はえらくリリカル。「去りし王国の姫君」と「天国の鐘を鳴らせ」は詩情が溢れんばかりです。 どちかというと「好き」に傾く作家。日本人は「泣ける」とか叙情的なのが好きだよね、なんて上から目線で言いながら、私も実のところリリカルなのに弱いことが判明しました。

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『儒林外史』呉敬梓

中国古典文学大系 (43) 儒林外史作者: 呉 敬梓出版社/メーカー: 平凡社発売日: 1968/10メディア: 単行本 科挙にふりまわされる人々を皮肉った章回小説です。 「儒」とは学ぶ者を指すそうな。具体的には、科挙に合格すれば高位高官の地位や富が得られるので、そのために学ぶ人を指します。 科挙の試験に必要なのは、経書の知識と八股文を作成する能力で、一般的な教養とは無縁なものです。厳しい競争と偏った学問で歪んだ人物がたくさん出てきます。事大主義の俗物、名士を気取って文無しになる者。でもお人よしの馬二先生なんかには「幸あれ」という気分にもなります。 回ごとに登場人物と話がつながっていく形式で、知識階級を点描してるのかと思いきや、いつのまにか何十年も時が流れ時代が変わっていきます。最終回には名士たちは姿を消し、書や音楽、詩をたしなむ庶民ばかりが描かれています。こういう時代の遠近感が印象に残りました。 知識階級、いわゆる読書人の類型が並べられた地味な話ではあるけれど、皮肉にふふっと笑ったり、同時に描き出される風景風俗庶民の姿に、当時の社会の様子が垣間見えたりします。 ちなみに借りてきた平凡社の古い全集の翻訳は読みやすかったです。

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『壊れても仏像 文化財修復の話』飯泉太子宗

壊れても仏像―文化財修復のはなし作者: 飯泉 太子宗出版社/メーカー: 白水社発売日: 2009/05メディア: 単行本 著者は財団法人美術院国宝修理所のスタッフを経て、現在はNPO法人を主宰し仏像の修復活動を行っています。 実際に修復に携わる立場から、修復の過程や文化財をとりまく状況を紹介しています。 仏像の素材と構造、どんな風に壊れそして修復するのかを、プラモデルなど身近なものと比べながら、くだけた文章でわかりやすく解説してあります。仏像を眺めるのは好き、でもそんなに知識はない私でも楽しめる本でした。 古い仏像は今に至るまでに何度も修理を受けていて、造られた当初とは姿が変化しているものも多いとか。 広隆寺の弥勒菩薩半跏像は、全身に金箔が貼られていたものが、表面が剥がれ落ちて骨格の部分がむき出しになっていて、今ではその状態が鑑賞され賞賛されているそうです。 他にも立像の痛んだ下半身の部分が切断されて、坐像に変えられていたなんてユニークなものもあります。 仏像を実用品と見るか、美術品として見るかで修理の仕方も変わるのは興味深いです。 仏像を信仰の対象として見る側は、金箔や彩色を施し見栄えがするように修理したい、しかし文化財や美術品として見るならば、古いものを新品のようにしてしまうと価値が損なわれてしまいます。著者が修復するときは、古いままにしておく「文化財修理」をすすめるそうですが、どちらかが絶対に正しいというものではない悩ましい問題なのはわかります。 そ…

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『冬物語』カーレン・ブリクセン

冬物語作者: カレン ブリクセン出版社/メーカー: 筑摩書房発売日: 1995/01メディア: 単行本 以前に読んだ『運命綺譚』にも通う、人の運命をめぐる物語。 『冬物語』はデンマークを舞台にした話が多いです。 人を殺してしまった少年水夫、普仏戦争を前にドイツで逮捕されたフランスの貴婦人、古のデンマーク王など。彼らが自分が自分であることを受け入れ運命を全うできるかどうか、そんな思想が話の底に共通して流れています。 物語の中に物語が配置され、人の夢とあこがれ、そして悲しみが、外側と内側の物語の間にこだましているように感じました。 自身を欺いたり運命から逃げ続ける人生は虚ろです。しかしたとえ向かう先が悲劇であっても、人が自分自身になり運命を待つ場面は、瞬間が無限に引き伸ばされ、不滅の輝きをもって描かれています。 話にぐっと入り込ませておいてふっと力を緩めるような緩急のつけかたや、物語の深度を自在にあやつるのが上手いんですよね。 森の中でのひそひそ話、凍りつく海峡の氷のうねり、デンマークの自然が物語内に息づいているのもいいです。 収録作品をメモ。 「少年水夫の物語」 「カーネーションをつけた青年」 「真珠」 「ゆるぎない奴隷所有者」 「エロイーズ」 「夢見る子」 「魚――古きデンマークより」 「アルクメネ」 「ペーターとローサ」 「嘆きの畑」 「心のためになる物語」

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『高慢と偏見』ジェイン・オースティン

田舎の地主の次女エリザベスと、家柄も財産も容姿も申し分ないダーシー氏が、誤解や格の違いに基づく偏見のためにいろいろありながらも結ばれるという恋愛小説です。 お堅いタイトルだし恋愛小説だし、と今まで読まなくて損した気分です。 財産があって働かなくても食べていけるジェントリー階級でも、さらに格差があります。 あちらの家が上だの、そちらの家が下だのと人が判断する基準を事細かに描いているのがとりわけ面白かったです。 年収がいくら、身分の低い親戚がいる、そして家族や友人など個人の振る舞いのひとつひとつが、エリザベスとダーシー氏の関係に深く影響を及ぼします。 娘たちをいい家に嫁がせるのに血道を上げる母親のベネット夫人もすごいけれど、父親のベネット氏の強烈な皮肉が一番好きです。 くどくどしいコリンズ氏の手紙に対して、筆不精なベネットパパの手紙は、簡潔かつ皮肉を込めた言葉で核心をついていて笑えます。 「高慢と追従と、尊大と卑下が混ざりあった奇妙奇天烈な人間」と描写されているコリンズ氏と、ベネット氏の往復書簡集があったら読みたいと思ってしまいました。 そういえば上巻ラストのダーシー氏の手紙の場面は、非常に盛り上がりますね。そして下巻に続く…! なんてところがニクいです。 高慢と偏見 上 ちくま文庫 お 42-1作者: ジェイン オースティン出版社/メーカー: 筑摩書房発売日: 2003/08メディア: 文庫 高慢と偏見 下 ちくま文庫 お 42-2作者: ジェ…

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『秘密の花園』ノート 梨木香歩

『秘密の花園』ノート (岩波ブックレット) (岩波ブックレット NO. 773)作者: 梨木 香歩出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2010/01/09メディア: 単行本(ソフトカバー) バーネットの『秘密の花園』を読み解くためのテキストです。 『秘密の花園』はインドで親に顧みられることなく育った少女メアリが、両親の死後イギリスの親戚に引き取られ、「秘密の花園」を見つけ再生することで自身の心と身体も再生していくというお話です。 ノートはストーリーの流れに沿いながら、場所が持つ意味や細々とした事物、動植物、端役の役割を考察していきます。 思えばメアリは召使に世話をされるだけで、人とのまともなコミュニケーションがほとんどない状態で育っています。先日『秘密の花園』を読んだときも、そこが一番心に引っかかったのでした。両親が死んで一人残されても、生活環境が変わっても、寂しい悲しいといった感情は湧かないのです。なにかあれば不快になるだけ。 人にほとんど使われていないがらんとした屋敷や、その一族と場所が醸し出す、子供が健康に育たない消極的な悪意のようなものを指摘する部分に、私のさびしー気持ちが反応してしまいました。や、私は別に不幸な生い立ちではないんですが。 一方で甘えることを知らず人を顎で使うようなメアリの性向が、心身の変化に伴って、媚びずに人に率直に物を言う芯の強さになっていくところには「うんうん」とうなずいたりしました。 本の読み方はひとつではないので、テキス…

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今年はどんな本が読めるかな

気がつけばもう三日。元日の午前中までは元気だったのに、そのあと体調が悪くなり寝込みました。どうなってるの私。おせちもほとんど食べられず、本も読めずな正月でした。 『やんごとなき読者』アラン・ベネット そんな弱った身体でも読めた一冊。もしエリザベス女王が読書に夢中になったら、というフィクションです。 本にのめり込むことや、階級社会の頂点に立つ人物から見た読書、そして周囲の反応がシニカルに描かれています。英国作家をもっと知っているとより笑えたかも。 昨年は塩野七生のローマ人を読み、叙事詩や神話にも少し手をつけました。不案内なジャンルでも、読み続けていると、なんとなく見えてくるものがあり、読める範囲も広がってきます。 今年はどんな方向に自分の興味が転がっていくのかが楽しみです。

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