『天と地の守り人 第一部』上橋菜穂子

天と地の守り人〈第1部〉 (偕成社ワンダーランド)上橋 菜穂子偕成社 2006-11by G-Tools 守り人シリーズ最終章三部作の一冊。 行方も生死も不明なチャグムを捜しに、バルサはロタ王国へと向かいます。 前作までの話では、チャグムはロタ王国やカンバル王国と同盟してタルシュ帝国に対抗するという希望を抱いて旅立ちました。 この第一部では、新ヨゴ皇国はチャグム皇太子逝去と第二皇子トゥグムの立太子を発表。タルシュ帝国の侵攻に対しては鎖国という道をとり、備えとして砦を築き、民を草兵としてかき集め最前線に送りこみます。兵の中にはタンダの姿もありました。 バルサは幼い頃から修羅の人生を歩んできて、寄る辺のない子供たちが危難にあうのを見過ごせない性分なんですよね。『神の守り人』でチキサとアスラを助けたのもそうです。チャグムはもう成人だけれど、彼の足跡を追ううちに、どうしても放っておけなくなったバルサの気持ちはわかる気がします。 彼らの行き着いた道の先には何があるのか、物語にどういう決着をつけるのか、はやく続きが読みたいですー。

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『きつねのはなし』森見登美彦

きつねのはなし森見 登美彦新潮社 2006-10-28by G-Tools 妄想青春小説『太陽の塔』では、夜のまちを走り抜けていく電車など、郷愁と感傷を感じさせる幻想的なイメージがうまく使われていました。 で、期待してこの本を読んだのですけど、私には合わなかったようです。 「きつねのはなし」「果実の中の龍」「魔」「水神」の四つの話は、どれも京都が舞台で語り手は男子学生。いくつかのキーワードを介して各話が繋がっているようないないような…というつくりになっています。 骨董屋とか祭りの夜店とか路地の暗がりとか、道具立ては惹かれるんです。しかし内容は思わせぶりに謎を提示して話をひっぱり、思わせぶりなまま閉じているので、雰囲気を楽しむことが出来ないと、単なる奇妙な話で終わってしまいます。 もっと刈り込んで短編にしてくれたほうがよかったかな。読んでいてちょっと飽きてしまったことを(小声で)告白します。

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『グノーシスの薔薇』ほか

えらいめにあいました。今流行の感染性胃腸炎になって寝込んでました。 予防のためには帰宅後食前の手洗いを奨励します。いやほんとうに。 発熱しながらも本は読んでいたのでメモしておきます。 デヴィッド・マドセン『グノーシスの薔薇』 グノーシスという異端の信仰をもちながら、ローマ教皇レオ十世に仕えた小人の回想録です。 エログロスカトロ満載。 信仰の部分は私の知識でどうこう言うには大変心もとないので控えます。が、小人ペッペの一代記としてはけっこう面白く読めました。 ミステリーでないことは明記しておきます。 伊坂幸太郎『終末のフール』 3年後に小惑星が落ちてきて地球が滅亡する状況で、とある団地に住む人々がいかに人生をおくるか、というような話です。 正直なところ感想がひねり出せません。 私は荒唐無稽な設定でもOKな人なんですが、これはどうにも説得力に欠けて違和感がぬぐえずじまいでした。

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『白狐魔記 戦国の雲』斉藤洋

白狐魔記 戦国の雲 (白狐魔記)斉藤 洋偕成社 2006-07by G-Tools 人に興味をもった狐が、白駒山の仙人の弟子となって化身の術を身につけ、時代をこえて人間の営みを見つめ続けるシリーズの最新刊です。 『源平の風』『蒙古の波』『洛中の火』そして『戦国の雲』。源義経、楠木正成らに出会ってきた白狐魔丸、今回は織田信長と出会い、一向一揆や本能寺の変に立ち会います。 このシリーズ、登場する歴史上の人物もエピソードも有名どころなので特筆することはないのですけど、何でも知りたいと思う白狐魔丸や、ゆるい感じの仙人が気に入っていて、新しい本がでるとなんとなく読んでしまいます。 白狐魔丸の知り合いに雅姫(つねひめ)という狐がいます。こちらは白狐魔丸より大物で、気に入った人間には積極的に関わっていくタイプ。ストーリーや濃厚な人間関係の面白さを重視するなら、彼女の物語のほうが魅力があるのではないかなー、という気もします。

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『多肉植物―ユニークな形と色を楽しむ』

多肉植物―ユニークな形と色を楽しむ (NHK趣味の園芸ガーデニング21)日本放送出版協会 2001-11by G-Tools 寒くなってきたので、多肉をいじる楽しみは春までおあずけです。暖かくなったらまた多肉を増やしたいなー、というわけで写真集や図鑑を眺める今日この頃です。 先日読んだ『多肉植物写真集』は、なじみのあるものから珍しいものまで、様々な写真が中心の本でした。 こちらの本は手に入りやすい多肉を中心に、基本的な性質、育て方、植え替えの仕方や弱ったときの対処方法がわかりやすく書かれています。 ハオルチアやアロエは根を乾かさずに植えつけるなんて知りませんでした。私はみんな同じように植え替えや株分けをしていましたよ。乱暴者ですみません…。 なので初心者にとっては親切な本といえましょう。 あとは寄せ植えの写真が素敵。複数の方のそれぞれ特徴のあるデザインが面白いです。同じような多肉を使っていても違いますね。やってみたいなこれは。 おまけで我が家の多肉の写真をupしてみます。

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『夜をゆく飛行機』角田光代

夜をゆく飛行機角田 光代中央公論新社 2006-07by G-Tools 父と母、長女・有子、次女・寿子、三女・素子、そして私・里々子。酒屋を営む谷島一家は、寿子が家族の日常を書いた小説で文学賞をとったことをきっかけに、変わっていきます。 たとえば家族の誰かが結婚したり、進学や就職で家を出たり、祖父母が亡くなったり。変わりゆく家族の形を意識するときってあると思うのです。 谷島家でも寿子の受賞や叔母の死、巨大スーパー進出による家業の危機によって変化が促されます。 語り手の里々子というのが、お嬢様学校をドロップアウトし、大学受験に失敗し、恋愛もぐだぐだという中途半端な状態なのです。末っ子で浪人生の彼女には、家のことに関われる力もありません。そんなもどかしい気持ちや、自分自身も変わらないようでいてやっぱり変化しているところは、なんとなくわかるなあなんて思いました。 この話、長女の有子視点だとまた違うのでしょうね。有子がどんなふうに家族を見ているのかも知りたいところです。

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『ティンブクトゥ』ポール・オースター

ティンブクトゥ柴田 元幸 新潮社 2006-09-28by G-Tools 放浪癖のある詩人のウィリーと、相棒のミスター・ボーンズ。際限なく語りかけるウィリーに寄り添う犬のボーンズは、喋ることはできないけれど人語を解すようになっていた。旅の地でウィリーに先立たれたボーンズは、ウィリーの記憶と夢を頼りに行く先を模索する…というようなお話です。 うーん、イカレたウィリーのお喋りの内容があんまり面白くないのですよ。ここが魅力に乏しいのが苦しい。 そのあと飼い主と別れたミスター・ボーンズの行動に話が移ると、流れがよくなってきます。 ミスター・ボーンズは感受性豊かで思慮深いのですが、そこは犬なので、時には食欲や排泄などの身体的な欲求が、無意識のうちに優先されてしまったりするのです。淡々とした語りから、そういったおかしみや哀しみがじわじわっと滲み出てくるところは良かった。 犬が主人といつも一緒にいたいと思う、そんなところが犬が好きな人にとってはたまらん話なのではないかと思います。

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『夢幻巡礼』西澤保彦

夢幻巡礼 (講談社文庫)西澤 保彦講談社 2004-10by G-Tools 超能力絡みの謎を解くチョーモンインシリーズの一冊。やがて神麻嗣子の敵となる存在について書かれた番外編です。 鬼畜オーラを発散しまくりの、むちゃくちゃ黒い話でした。セクシュアルなものへの不安とかグロテスクな願望がうっかり出てしまった、みたいな感じがキツイです。こんな恐ろしい人たちが敵になるのか…。 能解(のけ)、沓水(くつみ)など登場人物の名前が変わっている西澤作品。今回はあまり気にとめずに暗いストーリーを追っていたのですが、横文字の名前はノーマークでした。名前がでた瞬間、なにかこう戦闘意欲が萎えるような響きに、思わず脱力してしまった私なのでした。

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『グラックの卵』ハーヴェイ・ジェイコブズ他

グラックの卵 (未来の文学)Harvey Jacobs 浅倉 久志 国書刊行会 2006-09by G-Tools 1940~60年代に発表された、英米のバカSFのアンソロジーです。 正直、期待したほどは笑えませんでした。 ジョン・スラデック「マスタースンと社員たち」に至っては、いわんとすることはわかるんですが、編者があとがきで触れている“いろいろな手法や言葉遊びを駆使して語られる”細部が理解できなくて、読むのがつらいほどでした。言葉遊びは原文で読むと面白いのかも。 収録されている9編のうち、よかったのは2編。 ウィリアム・テン「モーニエル・マサウェイの発見」 へっぽこ絵描きの変貌ぶりが描かれていて、毒が感じられるところがいいです。 ハーヴェイ・ジェイコブズ「グラックの卵」 大学で警備をしている青年が変人の教授と親しくなり、教授の死後残された手紙で奇妙な依頼をうけます。内容は絶滅とされている珍鳥の卵の存在を打ち明け、それを孵化させてほしいというものでした。そして青年は旅にでます。 青年の感傷を含んだ語り口と、状況のアホさかげんがマッチして妙なおかしさがありました。お色気も入ってます。SF、と意識しないで読める作品ですね。

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『四十一炮』莫言

落とし(屠殺)の村に生まれ育った小通が語る自分の一代記です。とは言っても彼は今20歳前後。身の上話をしている現在と、彼が10歳だった1990年頃の出来事が交互に書かれています。 小通が5歳の頃、父親は肉料理の名手である居酒屋の女将と駆け落ち。それから5年間、母親は廃品回収で金を稼ぎ倹約して立派な家を建てます。しかし小通は家なんかよりもただただ肉を喰らいたかったのです。 そんなある日、突然父親が娘を連れて戻り、家族にも村にも変化が起こります。 この頃の中国は改革開放を推し進め、市場経済が導入されて格差が深刻化したというのが物語の背景にあります。小通のまわりでも村の有力者・老蘭を中心に、牛豚羊犬ラクダ肉に注水して目方を増やし、ホルマリンにつけるなどして富を得ていくのです。 小通の父親・羅通は、駆け落ち以前は肉の見積りで鳴らしたけれど、改革開放の時代にはついていけません。ナイーブなところもある羅通と老蘭の確執や、父母の愛憎が話の軸になっています。 こうやって具体的に内容を紹介すると暗い話みたいですが、肉と会話し、肉を愛し、ひたすら肉を食い、「肉小僧」と呼ばれた小通の語りをそのまま受け入れて楽しむ小説ではないかなと思います。こわい物なんかなくて、無鉄砲であった力強い少年時代を子供の視点そのままに語ることで、家の歴史、村の歴史、中国の歩みが浮かび上がってくるのです。

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『多肉植物写真集』国際多肉植物協会

多肉植物写真集国際多肉植物協会 河出書房新社 2004-03-12by G-Tools 本の中には、めくるめくニクの世界が広がっていました。 植物が好きです。最近は多肉植物に関心があります。で、花屋やホームセンターをぶらぶら見て気に入ったのを買うのですけど、名前が書かれていないのも結構あるんですよね。多肉は種類も多いし、似ているものの区別もつきにくいので、ちゃんと表示してほしいなー。 これは写真集なので詳しい栽培方法は載っていませんが、分類や名前を知るには十分。なにより見ていて楽しいです。メセンって脳みそみたいですね。そら豆っぽいのはかわいいかも。むらむらと収集欲がわいてきます。 国際多肉植物協会さんのサイトによると、2007年発行予定で第2巻も制作するそうな。 我が家のニクたちの写真をいくつかupしてみました。 ポピュラーな多肉しかないのですけど…。

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『白檀の刑』莫言

大足で犬肉小町とよばれる美女の眉娘は嘆きます。父親が舅によって処刑されようとしているのです。 清朝末期、ドイツは山東省を租借地として膠済鉄道を敷設します。民衆を組織し、ドイツに抵抗した眉娘の父親・孫丙は捕らえられ処刑されることに。眉娘は県知事の銭丁に父親の命乞いをしますが、実はこの二人はいわゆる不倫関係なのでありました。 孫丙を処刑するのは刑部大堂の首席処刑人であった趙甲。眉娘の亭主・小甲の父親でもあります。そして処刑の助手をつとめるのが屠畜を生業とする小甲で…という話。フィクションですが、西太后や袁世凱といった実在した人物も登場します。 刑罰の描写が見せ場のひとつ。これが映像だと直視できないだろうけど、文学作品だと味わいになります。不謹慎ながら娯楽の対象になります。芸術的ですらあります。いやまあ実際に残酷な刑罰は行われ、事細かに記録されたわけですが。 もうひとつ印象にのこるのは、民衆のひとりひとりの息遣いとエネルギーです。 西太后にも讃えられた趙甲は、処刑人は手当ても無く刑部の員数にも入らないけれど、国家の法規を最後に実施するのは我々だという自負があります。 もう一人、孫丙の前身は地方芝居の座頭。ドイツ人によって家族を奪われ故郷を蹂躙されて、義和団の頭目となっていきます。 小説は語り物風になっていて歌唱劇の一節が挿入され、彼らを筆頭とした民の哀切と、大陸の息吹きが行間からあふれてくるように感じられました。

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『七回死んだ男』西澤保彦

七回死んだ男 (講談社文庫)西澤 保彦講談社 1998-10by G-Tools 同じ日が何度もくり返される「反復落とし穴」。十六歳の久太郎は、予期せずその世界にはまりこむ体質の持ち主。しかし一日が反復される回数には規則性があり、起こるはずだった現実を変更するのも可能です。 そんな久太郎の祖父が殺される事件が発生。時間ループにはまり込んだ彼は祖父を救おうと奮闘するが…という話です。 いやあ、SFちっくな設定をうまく使ってくれますね。 事件は親類が集まった席で起きていて、久太郎はなんとか祖父の死を阻止しようと周りを誘導するわけですが、因果が因果をよび失敗を重ねるのです。思わぬ伏兵が現れたり、人間関係を修復不可能なほど破壊してしまったり。でもダークな一連もユーモアが感じられて、全体の後味も悪くありません。キュータローと一緒に「むむむ」と唸りながら因果を解いていく楽しさがありました。

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『クリスマス・プレゼント』ジェフリー・ディーヴァー

クリスマス・プレゼント (文春文庫)Jeffery Deaver 池田 真紀子 文藝春秋 2005-12by G-Tools 16編収録の短編集です。 表題作の「クリスマス・プレゼント」は、長編シリーズのリンカーン・ライムが登場する話です。短編になっても捻りがたんと入っておりました。すごいすごい。 あと好みなのは「ノクターン」。小説内を支配する価値観が逆転していくのが小気味よく、殺す殺される系の話が多い中で一息つけます。 こちらの先入観や固定観念をうまく衝いてくるなあと思うと同時に、相手を思い理解しようという気持ちでさえ、互いの主観の上になりたっていて、その間にはどうしようもない隔たりがあることも再認識してしまう本でありました。

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『念力密室!』西澤保彦

念力密室!―神麻嗣子の超能力事件簿 (講談社文庫)西澤 保彦講談社 2004-04by G-Tools チョーモンインシリーズの一冊。 超能力によって作られた密室をテーマにした連作短編集です。 どうやって密室状態にしたのかを解くのではなく、なんで超能力で密室にせねばならなかったのかを解くわけです。軽快に読めて楽しめました。 ミステリー作家の保科の部屋に、本人が知らないうちに神麻さんと能解警部のモノがキープされているのが微笑ましい。神麻さんがせっせと食事を作ってみんなで食べる場面が、温かい感じがして地味に好きです。 人様の家でも居心地のいいところってありますよね。友人の一人が頭に浮かびます。彼女のいれる日本茶が美味しいのだよなー、なんてことを考えていました。

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『ねむりねずみ』近藤史恵

ねむりねずみ (創元推理文庫)近藤 史恵東京創元社 2000-11by G-Tools 『二人道成寺』に続いて歌舞伎シリーズです。というかこちらが先ですね。ここから瀬川小菊と今泉文吾のコンビが始まります。 言葉を忘れていく症状に苦しむ女形役者・中村銀弥とその妻・一子。二ヶ月前に劇場内で起きた殺人事件。この二つの話に歌舞伎の演目が重なっていきます。 でねー、謎解きがこじつけめいているのが苦しかったですよ。あとはこのシリーズにもれなく登場する「お嬢様」に、読む人が我慢できるかどうかが評価の鍵になるかも。この本で言うと一子です。恋愛に頭が沸いてるお嬢さんを許せるかどうかです。私は『散りしかたみに』の虹子で免疫ができていたようで、なんとか大丈夫でした。 やっぱり話の終わりかたに長所があるかな。 人物に心理的な変化があってもスタートラインは変わらず、その先に何があっても自分で道を歩んでいくところには良さを感じます。

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『二人道成寺』近藤史恵

二人道成寺 (本格ミステリ・マスターズ)近藤 史恵文藝春秋 2004-03-24by G-Tools 探偵の今泉文吾が登場する歌舞伎シリーズの一冊。 女形役者である岩井芙蓉の妻・美咲は、三ヶ月前の自宅の火事による火傷と一酸化炭素中毒で、いまも昏睡状態です。火事の原因は不明。文吾は役者の中村国蔵から「火事には不審なところがある」と調査を依頼されます。しかし国蔵は、梨園では芙蓉と犬猿の仲と噂される人物でした。二人の役者の確執の裏には何があるのか? という話です。 物語と歌舞伎の演目を重ねあわせるこのシリーズ、今回は「摂州合邦辻」。義理の息子の俊徳丸に恋を仕掛ける玉手御前が主人公で、本の内容も愛憎劇です。さらっと読めるのですけど、心理的に追い込まれた人物たちの息苦しさがしっかりと感じられたのはよかった。同じシリーズの『散りしかたみに』と『桜姫』で私はごちゃごちゃ言ってますが、どれも話の落しどころはすごくいいと思うし、好きなんですよ。 あと瀬川小菊の師匠・菊花(六十代)の、柔らかいけれども存在感があるところに惹かれます。最近の傾向はオヤジスキーなのか。自分。

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『邪魅の雫』京極夏彦

邪魅の雫 (講談社ノベルス)京極 夏彦講談社 2006-09-27by G-Tools 複数の毒殺事件の繋がりは? 榎木津の縁談の陰で起きる不穏な出来事との関係は? という話です。榎さんの意外な横顔と、なんだかまっとうな関口を堪能いたしました。 自分の認識している世界は他人の認識している世界と同一ではなく、個々が見たものを異なった世間として理解している、とか、社会と世間に関する話は面白く読みました。 一個人の内実と、他者の中に形成されるその人物の評価の違いについても、いつもとは違う榎さんや益田の様子に表れているように感じました。 その延長線上になるのでしょうけど、作品の批評に凹む関口に京極堂が語る、小説と読者と作家の関係には頷けました。作者と作品は切り離されるべきものです。作品の背後に作者は見えてますけど、作品と作者はイコールじゃないですもんね。 読者はわがままなんですよ。逆に作家に「こう読め」だとか「真意はこうです」みたいに書かれてしまうと「好きに読ませろ!」と叫びたくなるわけです。読者が好きに読んで、おのおのが感じたことを知るのがまた楽しいのだし。 とはいえ、酷評されれば気になるだろうなあ。 せめて読んでからものを言おう、作家への人格攻撃はしないよう気をつけよう…と、この本とは関係ないことを思ったのでした。 ■追記 『百器徒然袋─風』をぱらぱらと再読。 「面霊気」ラストの榎さんに萌えました。 大磯の事件を知ってから味わう榎さんは、また格別です。

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『回送電車』堀江敏幸、『猫にかまけて』町田康

もうすぐ京極堂シリーズの最新刊が出ますね。大極宮経由で京極夏彦の朗読付きの映像(MouRa)を観ました。声がすてきだ…。私のために『邪魅の雫』全文を朗読してもらいたいです。 あとは読了本を簡単にメモ。 堀江敏幸の『回送電車』は散文集です。回送電車がダイヤのすきまをすり抜けるように、エッセイや小説、批評のあいだを往き来するような文章がいいです。 回送といえば以前に仕事の帰りにバスで眠りこけ、回送中の暗い車内をよろよろ歩いて、運転手さんを非常に怯えさせたことがあります。背もたれの高い座席だったので、終点で気づかれなかったようです。幽霊じゃないのよー。 町田康の『猫にかまけて』は、猫たちとの暮らしを写真と文でつづっています。愛猫の行動観察が、いつのまにかマチダさんの自己言及になっていたりするのにちょっと笑う。猫の前では人間など卑小な存在なのですね。 猫のいる空間はいいなあ。

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『おとうと』幸田文

不良少年でやがて結核により若くして亡くなる弟と、彼を見守りつづけた姉、げん。作家の父親、病もちで家事はげんに任せきりの継母という家庭環境を見ても、著者自身の経験が下敷きになっている小説かなと思います。 幸田文の文章には、胸の内を切り開いていくような、彫刻のように感情のかたちをほり、刻んでいくような、そんな特徴があります。 自身の経験が元にあるといっても、「あたしがどうしたこうした」という独りよがりなものではなくて、きょうだい特有の結びつきや父との関係、継母との距離が普遍性を帯びて表現されています。 この人の本では時々はっとするような文に出くわします。 『おとうと』では、氷嚢・氷枕の氷片がたてる「からっ」という音に、枯れた骨が打ちあうような連想を重ねる場面が、ひどく印象にのこりました。病床の弟を見守るげんと父。街のざわめきが伝わる病院内で、そこだけが深閑としています。骨のような音を聞いていたたまれず帰っていく父と、心の中で父をいたわるげん。 静かな哀しみが胸に満ちてくるのです。 おとうと

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